第九話:背中合わせの鏡像

 風祭康徒の仕切りのもと、会談はまとまり、退出という運びとなった。

 承伏不承服にかかわらず憮然とした様子で、あるいは憔悴と安堵を隠さず足を速める歴々を見遣る若武者を、鐘山宗善は認めた。


「待て、爺」

 三戸野光角を引き留め、自らも足を止めた。そして今なお傲然と座すその青年に、「失礼ながら」と前置きした上で確かめた。

「上社信守殿に相違ござらぬか」

 列席した者の中で、見慣れぬ美男子。答えない。名乗らず、口端を釣り上げた。

 それでも、この者が死した鹿信の後継であることは容易に推察できた。それでなくとも、あの笹ヶ岳の防戦謀略に相応しい太々しい面構えであろう。


「いや……こちらから名乗るのが礼儀であった。私は鐘山家が次子、宗善に」

「悪運が強いな、まだ生きておったか」


 自らが焼き殺さんとした相手を、他人事のように信守は嗤った。


「天命に恵まれ、命を拾い申した。ある御仁とともに」

 背に回り込んだ宗善を、初めて信守は顧みた。

「地田綱房卿、我が手元にてお預かりしている」

 そう言うと若き謀将は

「ほう」

 と嘆を発した。

「それは重畳至極なにより

 そして宗善にとっては意外な返答とともに歯を見せた。


「何か言伝でもあれば承るが?」

 彼の凶悪なる嗤いは、奢りか、虚勢か。

 皮肉を含んだ問いをもって試す。

「無いな」

 信守は嘲りをもってそれを切り捨てた。

「物申したいことがあるとすれば、むしろ奴の方だろうに。まぁそれにしてもたかの知れた恨み節ではあろうがな」

 にべもなくそう言ってから

「しかし」

 と付け加えて立ち上がった。


「頭の巡りも悪ければ星の巡りも悪い奴だ……死んでいた方が、まだ救いがあったろうに」


 かつての朋輩にあまりな申しざま。己が死にかけたことも含めて、好きになれる要素など何一つとしてない。


「……たしかに」

 だがそこで宗善はこの戦が始まって以来の笑いを、仄かに顔面に浮かべた。不思議と味の悪い気分にはなれなかった。


 信守は、失笑してしまうほどに、泰然とし過ぎていた。全てはおのれや綱房の妄想だったのかとさえ思えるほどに。


 だが、息を詰まらせ、それこそ自ら窒息死してしまうかのごとき、若武者の近臣の様子を見るに、おそらくは綱房の申状は真実なのだろう。

 さりとて表面的に顕れた事実としては、諍いの末に敵方に奔った綱房の裏切に対応して、砦を自落させ、火計を用いて寄せ手を殲滅したということのみである。

 味方に不和を招いたという点においては、たしかに信守に非はあれども、罰せられるだけの咎ではないのだ。


(いずれにせよ和議が成った今、あえて事を荒立てる必要もあるまい)

 それ以上の詮索や挑発を、宗善は打ち切った。

 しかし、実際のところ宗善をそうさせたのは、恨みや疑念のみではなく主を占めていたのは皮肉な巡り合わせと対比に惹かれたがゆえではなかったか。


 すなわち、逆徒の家に生まれながらも天下の静謐と朝廷への忠道を模索する宗善と、藤丘譜代の係累でありながら秩序の破壊者として振る舞う賊のごとき信守との。

 お互いに、なんという生き地獄に立っていることか。


 ――死んでいた方が、まだ救いがあったろうに。

 先に告げたその所感は、果たして本当に綱房に対してのものだったのだろうか。


 信守が出立すべく宗善の脇をすり抜ける。

 宗善も信守に背を向けるかたちで、自分のあらねばならない下へと帰らんと歩み出す。

 ただその去り際に、返事などは期待せずに、

「ではまた、縁があればいずれ」

 我ながら、面白味のない、月並みな別辞のみを告げた。


 ~~~


 風祭康徒の見立てのごとく、鐘山家はその停戦期間中に代替わりをした。

 一説には、戦後精彩を欠く宗円に不審を抱いた宗流と国衆が、強訴のうえ押し込めたとも噂される。

 だがその宗流も吏才謀才は父には遠く及ばず、失政が目立つようになる。


 歴史は繰り返す。

 人の愚行は反復する。


 愚かなる二代目は、失政の挽回を外征に求めた。

 約定を破り、桃李府への進攻を開始。

 そのあまりの横暴、身勝手さに国はますます疲弊していくことになる。君臣の間には静かに、だが確実に亀裂が広がりつつあった。


 そして亀裂の中心に、鐘山宗善は立っていた。

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