第四章:野心と離別

第一話:砦落ちて

 将たちの間の軋轢、一将の苦悶などは大局には影響が無い。

 だが、その一将のもたらした功に引きずられるように、全ての戦場にて官軍有利の風向きが強くなっていった。


 笹ヶ岳を放棄した宗善は父と共に御槍城に入る。

 また、北方の高所を奪われた宗流もまた、不利を悟りじりじりと後退を開始。

 じき、親兄弟の籠もる同城に退くものと思われた。


 中でもさらに武功を重ねていたのが赤池勢であった。

 とうとう亥改水軍を洋上にて粉砕し、制海権を確保。

 そのまま大渡瀬を占拠することに成功し、上陸を開始する。


 戦は、終局へと向かっている。

 今この順門府に身を置く全ての将が、それを確信していた。

 ほんのわずかな智者を除いて。


「鐘山軍、御槍にて態勢を整えた後、再出撃」


 その報に触れた時、直成が軍師、荒子瑞石は虚報ではないかと疑った。


 だが、麓の砦にあって再び鳥籠紋の軍旗が靡いて近づくのを見て、それを認めざるを得なかったが、納得も得られなかった。


(何故、籠城しない? 野戦に固執する?)


 笹ヶ岳も、南の間道も喪った今、もはや手はそれしか残されていない。

 まして、南を受け持つのが鐘山宗円本隊というのが、なおさら疑惑を深めた。


 笹ヶ岳奪還のために、あるいは背後の赤池を防ぐために自ら出張るのであればまだ分かる。

 だが、未だ南は完全に突破されてはいない。要は現状を維持して官軍を平野に出さなければ良い。そこを抑える役割であれば宗善でも、再び宗流を当てても良い。


「瑞石先生。砦内の被害報告、まとめ終わりました」

「ご苦労。しかしずいぶん時間がかかったようだね」

「申し訳ありません。何分にも、諸将が乱取りを始めたため、数が混乱しておりました」

「難儀なことだ」


 そうして受け取った報告書にこそ、瑞石の脳裏に第三の疑惑を浮かび上がらせた。

(やはり敵味方の損害が少なすぎる)

 兵法は敵味方の疲弊が少なきを上策とするが、総計一万規模の大人数のぶつかり合いにしては、それはあまりに少なすぎる。


 まして笹ヶ岳は兵家必争の要衝である。

 ここを確保していれば全戦線を下げなければならない事態にはならなかった。


 また、残された物資、文書も微々たるもので、ほとんど敵に回収されている。

 守将がそれほど見事に撤収してみせたのだと言われればそれまでだが、瑞石にはどうにも、


(負けは負けとして、敵はあえて砦を捨てたような)

 気がしてならなかった。

 まるでこちらの攻勢が本腰を入れ、たとえば主直成、鹿信などの軍を投入するのを待っていたかのように。

 だが、敵の動向ばかりも気にしてはいられない。


「それで、味方の本陣の様子はどうか?」

「は。我らの活躍に天子様はご機嫌斜めならず。しかし各地で兵糧の不足が訴え出ておるのを憂慮され、宮様率いる後詰部隊に出陣を依頼。南海を岸沿いに航海中とのことです」

「なに?」


 瑞石の脳髄にて、漠然とした憂慮が実体を持ちつつあった。


 徹底した防戦。

 一転してこちらを引き寄せるかの如き後退。

 また一転して食い止めるが如き出撃。


 ……一見して進退極まったが故の無秩序な所作が全て、何かの機を待つためのものであったら?

 そして大軍の弱みとは此れ、兵糧ということではないのか。


 浮かび上がる憂いは、警鐘の象をしていた。打ち鳴らされるそれに突き動かされるままに、瑞石は自らの愛馬に鞭打ち、味方の本隊へと馳せた。

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