24 未来

 年の瀬。十二月十八日。

 近々行われる、採食さいしょく同好会のビッグイベントは、クリスマスパーティと称した食事会だ。もちろん家族、友人、恋人と過ごすメンバーのことも考え、パーティの参加を任意としたが、ほとんどの者が参加する旨を伝えてくれた。

 そんな中、まだ返事をもらっていない一年生が居る。

 鮎川あゆかわ愛佳あいか麩谷ふたに富士彦ふじひこ、そして光田みつだ未来みらいの三名だ。


「ふふっ、お疲れさま。みんな、気をつけて帰るんだよ?」

 本日も同好会の活動が終わり、あんは会員たちとの談笑に名残惜しさを覚えながらリュックを背負うと、第二調理室の鍵を閉めた。キーホルダーのついた鍵を制服の内ポケットへしまい、冷えた足先を引きずるように下駄箱へ向かう。上履きからスニーカーに履き替え、インソールの冷たさがタイツ越しに足の裏へ広がった。

 正門。石柱の横から、スクールボストンを右肩にかけた女生徒じょせいとが、片足に体重を乗せ、「どうも会長」と愛想なく言い放ち、普段のだるそうな目つきをもって、ゆらりゆらりと近づいてきた。

 冷え性を象徴するマフラー、中指以外が隠れるベージュのカーディガン、160デニールはありそうなナイロン。さっきまで同じ教室で料理を作っていた光田未来である。の姿が見えない以上、彼女にとってのっぴきならない話をもってきたのは明確だ。

「今から時間ある?」

 二言目も後輩が握った。

「おやおや、出待ちかい? 私も随分と人気者になったもんだ。ふふっ、こちらもパーティの出欠で話があったから助かるよ」

 見え透いた主導権の奪い合いが続き、

「パーティか。資格者は大変だな」

 後輩のトーンが変わった。鳴りをひそめていた問題児が息吹を上げ、人に食ってかかるような鋭い眼光を向けてくる。

「お気遣いどうも。で、出欠はどうする」

「その返事も兼ねて、場所を変えたい」

 やはりこの後輩は、パーティとは別に主要な議題があるようだ。あと数ヶ月で高校生活が終わるというのに、次から次へと障害が発生する。

 正門から田舎の町へ、尖った鳴き声が吹きすぎていった。

「ほうほう。君はなにを詮索せんさくしたいんだい?」

 杏は、なびいたマフラーを巻き直し、パーカーの上に羽織ったチェスターコートのポケットに、手袋ごと両手を突っこんだ。

「詮索じゃなくて情報の提示要求。要は、出所でどころを教えてほしい」

 表情を隠すようにマフラーへ顔を埋めた後輩は、それはそれは単刀直入だった。

「だったら光田さんが分けてくれる?」

 杏が悪戯いたずらめいて切り返すと、勇ましい一年生は目をえてきた。このまま続けても良いが、学校では壁に耳である。

「ふふっ、冗談冗談。うちに寄っていかない?」

「わかった、お言葉に甘える。安藤邸か……何年振りだろ」

 敵と見なしている上級生の牙城へ出向くということは、よほどの覚悟があってのことだろう。後輩の反応に、杏は表情を変えずに驚いてしまった。

 光田未来――今思えば採食同好会にとっての危険な因子だった。そもそも誘うべきではなかった。とはいえ採食同好会に誘う人材は、杏が決めたわけではない。ターニングポイントを避けられない以上、卒業まで突っ走るしかないようだ。


 自転車を押す後輩は、杏から少し離れた位置をついてきた。会話はなかったが、

「そうそう。以前、富士彦君がうちに来たよ。下剤を飲まされて大変だったよ」

 さりげなく富士彦の話を持ちかけて薄笑いを浮かべると、後輩の下がった目尻が、長い睫毛とともにぴくりと動いた。

「下剤? そういうプレイが好きなんだ? 富士彦マニアックだな……」

「待て待て。彼と私の名誉のために言っておくけど、ゲームで負けただけだから」

「どんなゲーム……。てか富士彦のこと、いつから名前で呼んでんの?」

「さあ? いつだったかな?」

 杏が殊更にはぐらかすと、彼女は怪訝そうに睨みつけてきた。わかりやすい女の嫉妬を目の当たりにし、今度は隠さずににんまり笑ってやった。同好会での言動を見ているだけでも、この後輩が富士彦に好意を抱いている様は明瞭としている。

 そのくせ、愛佳を含めた三人でつるんでいるのはどういう腹積もりだろうか。恋愛には奥手なのか、優柔不断なのか。多くを語らない人間の心を探るのは、非常に愉悦を覚える。


 ほどなく自宅に着くと、玄関の横に愛車を停めた後輩が、「おじゃまします」という道理を口にした。

 磨かれた広縁ひろえんで滑りそうになる客人を客間に通し、障子を閉める。互いにアウターを脱いだあと足を横に崩し、暖房が行き届く前にやり取りを始めた。

「さて、どこから話そうか。質疑応答にするかい?」

「何度も同じことを……。あたしは、同好会で出されるという郷土料理について教えてほしいだけ。それの材料調達は、いったいどこから?」

「んー? 残念だけど、それは言えないねえ。君だってわかるだろ? そんなもの普通、学校で出せるわけがない。資格も要るし、それなりの根回しも必要なんだ」

「その返答は予想してた」

 座卓を隔てた正面。後輩は執拗に、郷土料理について迫ってくる。余計な疑念を持たず、皆が喜んで口にするあの料理を素直に食す気はないのだろうか。

 さてさて、この後輩。どう攻めるか。

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