2食目『光田 来』

6 弩級の眉唾感を醸す同好会にGo To Eat

『あたしはってだけ。わかる?』



 先ほどから、初期設定のアラームが安眠を阻んでくる。

「ふぁぁ……ねんむっ……」

 未来みらいは、スマートフォンを叩くようにして三回目のスヌーズを止めると、ようやくベッドの上で半身を起こし、掛布団と今生こんじょう暇乞いとまごいをした。

 さて、四月下旬。

 本日は土曜日だというのに、ハンガーにかけたワイシャツに手を伸ばさなくてはいけない。理由は、弩級どきゅう眉唾まゆつば感をかもす同好会にGo To Eatするからだ。

 ――採食同好会。

 クラスメイトの鮎川あゆかわ愛佳あいか麩谷ふたに富士彦ふじひこに誘われて、説明会だか歓迎会だかに参加することになった。


「ふぁっ……」

 未来が放つあくびは、もはや生理現象ではなく眠気に対しての恨み節だった。半開きの目でネクタイを締め、ベージュのカーディガンを着ると、本日の気温を調べ、

「くそ……やっぱ朝だけ寒いのか」

 迷った挙句、スクールタイツに足を通した。冷え性にとって最も憂鬱になる瞬間は寝起きかもしれない。思い出したかのように両耳にピアスをつけ、朝食は取らず、愛車のカゴへ合皮ごうひのボストンバッグを突っこみ、のんびりと家を出た。

 ひら獅子じし高等学校に着くと、駐輪場の定位置に愛車を止め、正門へ移動し、最も日当たりの良い位置を探した。――ぼうっと空を眺めていると、季節のイメージカラーが交代したのを実感する。


 九時四十五分。

 グレーのリュックを背負った少女と、ネイビーのショルダーバッグをかけた少年が、手を振りながら近づいてきた。それぞれが挨拶を交わし、上履きに履き替えると、三者三様の足音を響かせながら旧館へ移動した。

 第二調理室は、窓が少なく光の届かない一階の隅に位置していた。面する廊下の最奥には、野外に突き出すようにトイレが設置されている。

 わずかに声が漏れてくる扉の前、先頭の愛佳がノックし、返答も待たずに扉を開けた。瞬間、いやに感じたのは数十名の視線だった。未来は、愛佳の頭部越しに室内を確認すると、調理台は七台――教諭用が黒板の前にひとつと、生徒用が六つ見えた。

「あ、おはよございまーす」

 愛佳の朗らかな口調は、教壇に向けられていた。それに続いて未来は、富士彦とともに小さく「どーもー」と軽い挨拶を行った。

「やあ、おはよう。えーと鮎川さん、麩谷くん、そして……光田さんか。さあ、前列の空いてる席に座って。一年生はみんな前に固まってるから」

 開始時刻よりも早く到着したのに、役者はすでに揃っていた。

 教壇の上には短躯たんくの少女が凛と立っている。二列目、三列目の調理台に座っている生徒たちは、一様に上級生の面持ちだった。が、うつむく者ばかりで、とても歓迎しているようには見えない。

 言われたとおり最前列の、食器棚に近い席につくと、未来は違和感を頭の片隅に押しこめながら、「安藤あんどうあん……例の会長か」とつぶやいた。


 ――会長が、わざとらしく黒のボブを揺らしたところで、

「少し早いけど始めようか。一年生のみんな、今日は来てくれてありがとう。私は採食同好会の会長をしている安藤杏。直接会うのが初めてって子も居るよね」

 つつがない進行が始まった。低音だが、マイクを使わなくてもよく通る声だ。

「まず、気になっているのは呼ばれた理由だね? では要約しよう――私たちはここで料理を作り、そして食すというコミュニケーションを取っている。つまり同好会の勧誘だと思ってもらって良いよ。余所よその同好会と異なっている部分は『』ということくらいかな」

 堂々と公言する様は、こなれている。第二調理室の鍵を持ち出し、非公式を謳っていれば、すぐにでも教師にばれそうなものだが、いやに自任している面構えだ。

 未来は細い眉をわずかに曲げて、会長の語りを待った。

「なに、入会条件は簡単さ。食に感謝し、作った人に敬意を表す。あぁ、勘違いしないでくれよ、変な宗教じゃあないからね?」

 宗教――という表現は、あながち間違いではない気がした。

 会長が冗談を交えたのは、食に対しての感謝を、息を吐くように言い放った照れ隠し。あるいは今の若者がそれだけ飽食ほうしょくに麻痺している警鐘けいしょう、といったところか。

「とまあ、私から話せるのはこの程度さ。あまりにも簡単で拍子抜けしたかい? そうだ、みんなからの質問があればなんでも答えるよ」

 簡潔な会長の挨拶が終わり、同級生の思考には遅延が生じていた。

 ――同じく、未来は悩んでいた。率先して挙手しようか、あるいは傍観が至当だと思いすべきか。

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