7 カップ麺が完成するくらいの時間

 桜色のパーカーを着た会長を見据えていると、ひとりの一年生が手を上げた。

大貝おおがいおさむって言います」

 フルネームを簡潔に名乗り、

「調理同好会と採食さいしょく同好会の違いって、なんですか?」

 皆が描きそうなクエスチョンを、緊張した声で放った。未来が抱いていた質疑とはだいぶ異なっていたが、頭に入れておいて損はない知識である。

「あぁ、同好会として設立したのは採食こっちが先さ。違う点は、顧問が居るか居ないか、あとは料理の腕の違いかな」

 会長は、含んだ語尾にニヒルなスパイスを漂わせ、相応の自信を見せつけてきた。一年生は一様に納得していたが、そうなると次は――

森久保もりくぼ桃子ももこと申します。では、どうして非公式なのです? そのような同好会に関わっていることが知られた場合の不利益が気になります」

 別のクラスの女子生徒が口にしたように、やはり存在自体に着眼する。堂々と非公式を謳う同好会に対しての、懸念である。

「随分と警戒されているみたいだね。なに、決して不都合は起こらないよ。それは私が保証する。それと私は会長を継承しただけで、同好会の過去に通暁つうぎょうしているわけじゃあないんだ。でも昔は顧問が居て、同好会としても成立していたみたいだよ」

 会長の回答に、首を傾げる生徒は多く居た。が、彼女の大っぴらな態度に対し、必要以上の詮索をしても仕方がないと、一年生たちはどこか納得を強いられている様子だった。それにしても、室内の空気が淀んでいる。あたかも、同好会のいわくや因縁を物語るかのように。

 未来は不自然に調理室を見回した。

「みぃちゃん、どったの?」

「いや……ちょっとね」

 ――やはり、


「さあ、まだ質問はあるかい?」

 ほかの一年生の質問が滞った。その隙をついた未来は、手を上げずに無言で立ち上がり、腕を組みながら「あたしたちが選ばれた基準は?」と簡潔に質問した。

「えーっと、せっかくだし名前を名乗ってくれるかい?」

「別に、知らない仲じゃないでしょ?」

「ふうん。まあ、が求めてる答えかどうかはわからないけれど、みんなの名前を聞いた時の――大事な大事なインプレッションだよ、わかるかい?」

 教壇から下りてくる生真面目きまじめ音声おんじょうには、含んだ笑いがあった。

「インチキ占い師かよ。で語れって言ってんの、わかる?」

 未来が吹っかけ、急に始まった口論まがいのやり取り。あまりの不穏な空気に、両脇のクラスメイトが気が気ではないという顔で、『座れ』とカーディガンの裾を引っ張ってくる。

「君はイレギュラーだねえ。まあまあまあ、のちほどね?」

「ふん」

 未来はそれに従い、簡素な丸椅子に腰を下ろした。


「さてさて。入会の意志にかかわらず、今日は一年生たちに料理をもてなすよ。いや、郷土料理って言うのかな。集まってくれたささやかな礼さ」

 際どいやり取りが収拾し、本題を匂わせた会長は、パーカーの上にエプロンをすると、奥の準備室へ足を向けた。未来は目つきを鋭くし、その言動を追った。――途端に、一方向に何本も伸びた蛍光灯が突如、バチっと音を立てて消灯してしまった。席を立った者は居ないので、人為的な消灯ではない。

「なに?」とか「停電?」とか、一年生の不安が薄暗い教室を往来する。一方で会長は「すぐ復旧するさ」と、うんざりしたトーンで教室全体を見渡していた。そんな矢先、今度は地震のように、調理室の窓が激しく揺れ始めたではないか。ドンドン、ドンドン――と、複数の人間が拳でも叩きつけているかのように。

 室内はもう『ドッキリ大成功』のプレートが出てきてもおかしくないくらいの、お祭り騒ぎである。誰かが黄色い声を上げ、それに扇動されて別の生徒がワーワーと始める。未来の両隣に座る男女も例外ではない。

 混乱の最中さなか、未来は窓の外から向かい風のような圧力を感じた。ただならぬ圧迫に惹きつけられ、そちらに目をやると――


「うわぁ……」

 単純な絶望の表情。

 逃げ場を失った悲壮。

 断末魔さえそっくりそのまま宿した様相ようそう

 とても『生』を授かったとは思えない人間たちが、何十名と集まって、窓ガラスを叩いていたのだ。もはや、映画研究部が製作したゾンビ映画である。

 が、その姿に気づいている者は居なさそうだ。未来は「もしかして……」と言いかけて、口を噤んだ。こうして目にしている光景を、両隣のふたりに伝えるのは賢明ではない気がしたからだ。

 やりたい放題の怪奇現象は、おおよそレギュラーサイズのカップ麺が完成するくらいの時間で、余韻なくぴたりと止まり、古ぼけた蛍光灯が教室をふたたび照らした。

 恐怖の余韻に身震いする生徒は多く見られ、その中でも隣に座る男子に至っては、首をすくめ顔面蒼白になっていた。

 ホラーが苦手というのは、あながち嘘ではないようだ。

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