7 カップ麺が完成するくらいの時間
桜色のパーカーを着た会長を見据えていると、ひとりの一年生が手を上げた。
「
フルネームを簡潔に名乗り、
「調理同好会と
皆が描きそうなクエスチョンを、緊張した声で放った。未来が抱いていた質疑とはだいぶ異なっていたが、頭に入れておいて損はない知識である。
「あぁ、同好会として設立したのは
会長は、含んだ語尾にニヒルなスパイスを漂わせ、相応の自信を見せつけてきた。一年生は一様に納得していたが、そうなると次は――
「
別のクラスの女子生徒が口にしたように、やはり存在自体に着眼する。堂々と非公式を謳う同好会に対しての、懸念である。
「随分と警戒されているみたいだね。なに、決して不都合は起こらないよ。それは私が保証する。それと私は会長を継承しただけで、同好会の過去に
会長の回答に、首を傾げる生徒は多く居た。が、彼女の大っぴらな態度に対し、必要以上の詮索をしても仕方がないと、一年生たちはどこか納得を強いられている様子だった。それにしても、室内の空気が淀んでいる。あたかも、同好会のいわくや因縁を物語るかのように。
未来は不自然に調理室を見回した。
「みぃちゃん、どったの?」
「いや……ちょっとね」
――やはり、なにかが居る。
「さあ、まだ質問はあるかい?」
ほかの一年生の質問が滞った。その隙をついた未来は、手を上げずに無言で立ち上がり、腕を組みながら「あたしたちが選ばれた基準は?」と簡潔に質問した。
「えーっと、せっかくだし名前を名乗ってくれるかい?」
「別に、知らない仲じゃないでしょ?」
「ふうん。まあ、光田さんが求めてる答えかどうかはわからないけれど、みんなの名前を聞いた時の――大事な大事なインプレッションだよ、わかるかい?」
教壇から下りてくる
「インチキ占い師かよ。杏の言葉で語れって言ってんの、わかる?」
未来が吹っかけ、急に始まった口論まがいのやり取り。あまりの不穏な空気に、両脇のクラスメイトが気が気ではないという顔で、『座れ』とカーディガンの裾を引っ張ってくる。
「君はイレギュラーだねえ。まあまあまあ、のちほどね?」
「ふん」
未来はそれに従い、簡素な丸椅子に腰を下ろした。
「さてさて。入会の意志に
際どいやり取りが収拾し、本題を匂わせた会長は、パーカーの上にエプロンをすると、奥の準備室へ足を向けた。未来は目つきを鋭くし、その言動を追った。――途端に、一方向に何本も伸びた蛍光灯が突如、バチっと音を立てて消灯してしまった。席を立った者は居ないので、人為的な消灯ではない。
「なに?」とか「停電?」とか、一年生の不安が薄暗い教室を往来する。一方で会長は「すぐ復旧するさ」と、うんざりしたトーンで教室全体を見渡していた。そんな矢先、今度は地震のように、調理室の窓が激しく揺れ始めたではないか。ドンドン、ドンドン――と、複数の人間が拳でも叩きつけているかのように。
室内はもう『ドッキリ大成功』のプレートが出てきてもおかしくないくらいの、お祭り騒ぎである。誰かが黄色い声を上げ、それに扇動されて別の生徒がワーワーと始める。未来の両隣に座る男女も例外ではない。
混乱の
「うわぁ……」
単純な絶望の表情。
逃げ場を失った悲壮。
断末魔さえそっくりそのまま宿した
とても『生』を授かったとは思えない人間たちが、何十名と集まって、窓ガラスを叩いていたのだ。もはや、映画研究部が製作したゾンビ映画である。
が、その姿に気づいている者は居なさそうだ。未来は「もしかして……」と言いかけて、口を噤んだ。こうして目にしている光景を、両隣のふたりに伝えるのは賢明ではない気がしたからだ。
やりたい放題の怪奇現象は、おおよそレギュラーサイズのカップ麺が完成するくらいの時間で、余韻なくぴたりと止まり、古ぼけた蛍光灯が教室をふたたび照らした。
恐怖の余韻に身震いする生徒は多く見られ、その中でも隣に座る男子に至っては、首をすくめ顔面蒼白になっていた。
ホラーが苦手というのは、あながち嘘ではないようだ。
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