8 空腹がデモを起こしかけてる

「ごめんよ、オカ研だったら喜ばれそうだけどね。電力供給が不安定で、窓のガタガタは……まあ風でも吹いたんだろう。さっ、そんなことより料理料理」

 あんは怪奇現象を冗談めいて誤魔化し、説明不充分のまま場を進行さると、今まで怯えていた一年生たちが落ち着きを取り戻してきた。

 未来みらいは表情を崩さず、両脇のふたりの顔色を窺った。

 食事に目を輝かせているのが女子。ホラーフェスティバルに怯えているのが男子。


 片方に見兼ねた未来は、

「大丈夫、害はないっぽい。案ずるより産むが……きよしって言うし」

 気休めを富士彦ふじひこの耳元でささやき、背中をさすってやった。

「ちょっと待って、未来さんマジで霊感あんの? あとそれ『やすし』や」

 この状況でも、しっかりツッコミを入れてくる富士彦は、意外と余裕があるのか、それとも元々の性質なのか。ともかく、わくわくタイムの愛佳あいかには申し訳ないが、途中退席の意志をきっぱりと杏に伝えるべきだと思った。

「楽しみだね、みぃちゃん」

「ねえ愛佳? この同好会、いわく多いと思わない? やっぱ深入りは避けて、身を引くべきかと――」

 目が合ってすぐ、未来は撤退の意を持ち出したが、

「えぇ? でも……ご馳走になってからでも遅くないよ? わたし今日のために、朝は牛乳一杯で済ませてきたのに……。ダメ……なの?」

 あからさまに眉尻を下げた、愛佳の細いトーンで簡単に打ち消されてしまった。それこそ、道端の隅で段ボールに詰められている仔猫と同じ顔をしてくるのだから迷惑千万――ならぬ、可憐千万である。愛佳は存外、算盤そろばんずくかもしれない。

「わ、わかった……良いよ。愛佳の体内で、空腹がデモを起こしかけてるっぽいし」

「やった! じゃあ、食べてから色々と決めようね!」

 愛佳と会話をしているうちに、浮かない表情の上級生たちによって、オードブルが運ばれてきた。

 水菜、カイワレ大根、細切りの赤パプリカを、ローストした肉で巻いた円柱状のフォルム。両側の端から野菜が顔を見せ、飴色のソースが食欲を挑発してくる。あたかも白い皿の上で、フォークでの捕食を望んでいるかのようだった。

 一年生たちの眼下に料理が並ぶと、皆がバラバラに「いただきます」を唱えた。


「お金かかってそう。もしやコスト問題で非公式に落ちぶれたのかな?」

 仮に、食を愛する者だけに許された非公式の同好会だとしたら、神秘的と希求ききゅうするか、宗教的と敬遠するかは人による。

 未来が描いていたのは、『陶酔とうすい的なかくみの』だが。

「あたしは違う気がするけど。で、富士彦は大丈夫なの?」

「すまん、俺はホラーで食欲なくなった……」

「良いよ。あたしが代わりに食べるから、安静にしてて?」

 富士彦の顔を覗きこむのを余所に、ほかの一年生は、貪るように肉を頬張っていた。おかわりを欲し、席を立った者まで居る。皆のがっつき方は耽溺者たんできしゃの様相で、行儀の悪さが垣間見えた。


「――やあ鮎川あゆかわさん。どうだい、うちの料理は」

 ほどなく、愛佳の斜め後ろから声をかけてきたのは、ここの長だった。

「もちろん満足です。あんま食べ慣れない味だけど、お肉が柔らかいですし。筋っぽいような気もするけど、すごく新鮮な味」

「それは良かった」

 相槌を打ってすぐ「キミたちは?」と、未来と富士彦にも感想を求めてきた。会長としての発声が無性に窮屈で、右手を動かした未来は野菜巻きを口へ運んだ。

 味つけはオニオン風味で、咀嚼してわかったのは、牛肉ではなく――はっきりと表現できないが、小さい頃に食べたイノシシに似た味だった。

 反面、これといって臭みはないし、食感も柔らかい。新種の豚肉と断言されれば、まったく違和感はないだろう。

「愛佳と右に同じ」

「ふふっ。麩谷ふたに君はどうだい?」

「――あぁ、富士彦はさっきの怪奇現象で食欲が失せたみたいで」

 未来は、威圧の盾になるように割って入った。富士彦の顔は青ざめており、杏もすぐに気づいた様子だった。

「おや、大丈夫? 外で風にでも当たるかい? 私が一緒について行くよ」

「富士彦の分はあたしが食べるから。介抱もあたしがするから大丈夫」

「……ふうん? 君って小食じゃなかったかな。まあ緩い感じの同好会だから、ぜひ入会してくれよ」

 杏が微笑みながら背を向ける間際、未来はその流し目で見据えられた。無言のメッセージには、ギチギチの『思惑』が詰まっていて不快だった。


 続いて出された料理は、肉や野菜が豪快に投入された汁物だった。

 生姜、ごま油の香りによって、口内には唾液がじわりと広がる。口に運ぶと、塩気を抑えながらもダシが舌の上で活きる、どこまでも飽きの来ない風味だった。

「肉と野菜を頬張るとご飯が欲しくなるね。これはワガママじゃなくて反射だよ」

「お、反社的な美味しさって意味で?」

「富士彦は反応しなくて良いから。黙って休んでなさい」

「はい……」

 しかし不思議である。

 大食いクイーンと評されていた割に、愛佳はおかわりをせず、食べるペースもだいぶ遅かった。それどころか女王の片鱗さえ見せることなく約二時間が経過し、

えんたけなわだけど――」

 と、同好会の長が閉会を匂わせる言葉を発してしまった。ほどなく教壇に上がり、

「基本はワイワイする同好会さ。あと、なんと言っても、目玉はこの町の郷土料理をご馳走できることかな。入会する意思のある子は来週の土曜、またここに来てくれよ。改めて、正式な歓迎会をするからさ」

 集まった八名の一年生に藁半紙を配布した。

 未来が目を落とすと、来週の予定が詳らかに記載されていた。

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