9 脳ミソまで糖分

 歓迎会終了後。

 未来みらいは帰り支度を終え、別のクラスの一年生と雑談している愛佳あいか富士彦ふじひこを待っていると、 

光田みつださん? さっきの続きをしないかい?」

 あんが音もなく、ぬっと近づいてきた。

「杏……。みんなの前でできない理由でもあるわけ? 随分とチキってるね」

「相変わらず、あおるのは上手いねえ」

 会話が始まってすぐ、不穏な空気を察した一年生たちが側から離れていった。未来は、同じように愛佳と富士彦もこの場から離れさせようと、「外で待ってて」と優しく説くと、

「そうだ。鮎川あゆかわさんと麩谷ふたに君も一緒にどうかな?」

 杏は、それを上書きするようにふたりを巻きこもうとした。未来はすぐ、制止しようとしたが、

「せっかくですからご一緒しまーす」

 愛佳は、なにも考えずに首肯してしまったのだ。この、ちゃらんぽらん娘――


 四人以外が調理室から居なくなると、

「確か、『同好会に勧誘した理由を、私の言葉で語れ』だったかな? 別に構わないんだが、ただ答えるんじゃあフェアとは言えない。だからゲームをしないかい?」

 杏が主導権を取り、ひとつの提案をしてきた。この女は昔からこうだ。なにかにつけて、ゲームと称して他人を惹きつけ、挙句は自分の良いように泥沼へと引きこんでゆく。

「フェアもクソもあるか。公開領域でしょ」

「相変わらず口が悪いね。それとも臆病風に吹かれたのは君のほうかい?」

 声こそ張り上げないものの、空中で火花が散っている様は、愛佳たちにも見えているだろう。

「ところで、未来さんと会長って知り合いなの?」

「こんな精神不安定な奴は知らん。小中学校が一緒で、顔と名前が一致しただけ」

「それは知り合いなのでは……」

 富士彦はなまじ頭も良く、察しも良い。このやりとりで、より安藤杏という女に興味を抱かせてしまったのも事実だ。


「で、なにすんの? こちとら、さっさと帰ってキャラメルマキアート飲みたいんだけど」

「脳ミソまで糖分なのかな? ははっ、簡単なカード当てゲームさ」

 嫌味を言いながら杏は、カバンの中からトランプを取り出し、スペードのAからKまで、13枚を抜き取るとシャッフルした。

「用意周到な奴。なに、いつも持ち歩いてんの?」

「知らない仲じゃあないんだろう? わざわざ聞く必要があるかい?」

 杏はわざとらしく目線をずらし、シャッフルし終えた13枚を未来に差し出してきた。それを受け取り、同じようにシャッフルし、伏せたカードをそれぞれに3枚ずつ配ると、残りの1枚も伏せて、背もたれのない丸椅子の上に置いた。

 両脇では、愛佳と富士彦が顔をしかめながら苦笑している。こんな関係性を見せつけているのだから、当然の反応である。

「その手つき、未来さんも知ってる類いかな。おそらく、この伏せられたカードがなにかを当てろと? で、詳しいルールは?」

 やはり察しが良い。富士彦の言うとおり、今から行うのは、未来が何年も前に付き合わされたことがあるカード当てである。

「ひとりに配られた3枚のカードをもとに、順番に質問をしてゆき、伏せられた1枚を推理するんだよ。ざっとルールはこんな感じさ」


・ルール

 ① シャッフルしたA~Kのトランプ13枚を それぞれに3枚配る

 ② 残った1枚を伏せて中央に置く

 ③ 順番をじゃんけんで決める

 ④ 手番では 次の質問リストからひとつを選ぶ

   A『〇〇以上のカード』 B『〇〇以下のカード』

   C『〇〇未満のカード』 D『絵札のカード』

   E『奇数のカード』   F『偶数のカード』

 ⑤ 質問を選ぶ方法は AからFが書かれたサイコロをふたつ振り

   出目のどちらかの質問を選ぶ

 ⑥ 質問者以外は聞かれた枚数を答える

 ⑦ 手番ではなくても 中央のカードがわかった時点で誰が回答してもOK

 ⑧ カードを当てた一名が勝利 三名は勝者の言うことを聞く

 ⑨ 解答を間違えた場合 その人物は三名から罰を受ける


「いや、なんだよ罰って。バカじゃねえの」

 ルールに目を通し終えた富士彦の、愚直すぎるツッコミが放たれる。便乗するように愛佳は、

「ははっ、バカみたいだねー」

 と笑いを重ねてきた。さすが都会人コンビ、言うことが辛辣しんらつである。せっかく考えたゲームにケチをつけられ、うつむいてしまう杏が少しだけ不憫ふびんだった。


 ともあれ順番は、じゃんけんの結果、

【未来、杏、富士彦、愛佳】

 の時計回りと決まった。

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