10 餡子と最中のよう

 丸椅子を囲んで、カード当てが始まった。

 未来みらいに配られた3枚のカードは『2、6、8』で、すべて偶数だった。偏りがある中、未来がダイスを振るとDとEを示した。

 質問リストは、D『絵札のカード』、E『奇数のカード』である。


 最初のターン、未来の手番。

「じゃあEの、みんなの奇数を教えて」

 ここは手堅く奇数を聞き出し、的を絞ってゆくのが賢明と判断した。

 時計回りに左側のあんが「2枚」、正面の富士彦ふじひこが「2枚」、右側の愛佳あいかが「3枚」と回答した。奇数全体は、

『1、3、5、7、9、J、K』

 の7枚なので、それぞれが握っているということだ。

 つまり中央の伏せられたカードは偶数で、

『2、4、6、8、10、Q』

 さらに未来の手札を除いた、

『4、10、Q』

 の三択であると判明した。

 滑り出しは上々であるが、逆に言えば奇数の枚数は公開情報。ほかの三名にも、中央のカードが偶数であることを知られてしまった。


 続いて杏の手番。ダイスを振るとA、Bが天井を向いた。

 Aは『〇〇以上のカード』、Bが『〇〇以下のカード』である。そんな中、

「じゃあBにするよ。みんなの8以下のカードを教えてくれないかい」

 とBを選択した。

 富士彦は「1枚」と答え、愛佳は「3枚」、未来も「3枚」と答えた。

 1から8のうち、合計7枚のカードをそれぞれが握っている状況。もしここで杏が8以下を持っているのであれば、中央のカードが4である線も消えるのだ。

 8以下のカードを持っていない奴が、あんな質問をするだろうか? であれば10かQに絞っても良さそうだが――

 

 続いて富士彦の手番。左手からダイスを振ると、DとFが示された。

 D『絵札のカード』、F『偶数のカード』の質問を選ぶ場面で富士彦は、

「なるほど、割と運要素が強いゲームなんだ。じゃあ絵札は何枚持ってる?」

 と、なにか悟ったように一笑を浮かべた。

 愛佳が「持ってねー」と答え、未来も「右に同じ」と続けた。杏に順番が回ると、

「あっ……これ、麩谷ふたに君の勝ちかも」

 気勢をそがれたように、諦観を表した。この反応を見る限り、おそらく杏も絵札を持っていないのだろう。

「わ、私も……持っていないよ」

 杏が怖じ怖じと答えると、

「じゃあ、中央のカードはクイーンかな」

 富士彦は食い気味に答えを吐き出し、丸椅子の上のカードを淡白にめくった。彼の言葉どおり、表になったそこには、花を持った王妃が無機質に微笑んでいた。


 顔をしかめる女子三名を余所に、

「運良く勝てた」

 あっけなく富士彦は、握っていた3枚のカードを調理台に放った。

「俺は『4、J、K』を握ってたんだ。誰も絵札を持ってなくて助かったよ。でも、回答は早い者勝ちというルールがあるから、会長は未来さんが『絵札はゼロ』と答えた時点で勝ててたんですよ」

「え? でも私がJ、Q、Kのどれかを答えても33.3%じゃあないかい?」

「いや。未来さんが最初の質問で奇数を聞きましたよね。同時に、偶数が公開情報になってたんです。ってことは、真ん中のカードは偶数、かつ絵札の『Q』と決まっていた。あそこで会長に気づかれてたら負けてましたよ」

 つまり未来にも、偶数かつQの選択肢があったのだ。富士彦の質問の時点で、絵札を2枚握っていると察していれば、勝てる可能性はゼロではなかった。

 メモを取ればもっとスマートにゲームを進められるが、いかんせん頭の中だけで情報を組み立てるとなると、なかなか難儀である。

「うわ、麩谷君ヤダぁ……。ちょっと光田さん、ちゃんと切ったのかい?」

「あたしのせいちゃうやろ。ルール見直せ」

「ちょっとー! わたし、わたし! わたし参加すらしてないんだけど!」

 頭が良くて、察しも良くて、さらに運も良い――この少年なら、未来があれこれ心配しなくても、満喫町に染まらないで居てくれるかもしれない。

 敗者たちの罵声が飛び交ったあと、未来はほっと胸を撫で下ろし、

「なんか、すみません……」

 なぜか、蚊の鳴くような声で勝者が謝罪していた。


「――で、なにすりゃ良いの? やるなら一思いにやって」

「きっと私たち調理台に寝かされて、調理器具で乱暴されるんだな」

「フジさんサイテーです。失望しました」

 なおも責め立てられる勝者は、

「いや……仮に俺が力任せに襲っても、さすがに三人相手じゃ負けるから。まあ、とりあえず、未来さんと会長は仲良くしてください。以上」

 げんなりした表情で、未来と会長の顔を交互に見据えた。

 彼の対応がいやに冷静で、やけに大人びていて、どうもここに居る三人は『女』として見られていないような気がして――

「屈辱だけど首肯」

 と素直に返すしか、選択の余地がなかった。

「いや、私は別に……光田さんを嫌ってなんていないんだよ?」

 杏はそう言っているが、『仲良く』なんて叶わぬ願いである。


「てか、俺もう帰るんで。快速が来る前には駅に着きたいから」

「あっ、わたしも帰るー! じゃあ、みぃちゃんも会長さんも、お疲れ様!」

 ほどなく独り勝ちした富士彦と、ゲームにも罰にも関与しないまま手を振ってゆく愛佳。

「え、なにこの敗北感。なにあの都会人。なに快速って……」

「えーっと……私が戸締りするから、光田さんも帰って良いよ……」

 餡子あんこ最中もなかのようにフィーリングが合っているふたりの背中を眺めた末、地元民の重い溜息が重なった。

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