5 バナナの食べ時のよう

「――わたしはホラ、三度の飯が人一倍好きだよ」

「過ぎたるはなお及ばざるがごとし……」

「え、大食いってこと? その割に細すぎじゃない? 大丈夫?」

 小さい頃からそうだった。

 愛佳あいかは話題に詰まると、大抵の場合は食事を話題に出す。自分の象徴でもある『大食い』を伝えれば、狂いかけた波長が安定するという、ひどく曖昧な経験則から。

 なのに、屈託のない富士彦ふじひこに合わせ、愛佳の隣に座る未来みらいは眉をひそめながら、そのフォルムを凝視してきた。これまで笑い話にしてきた大食いは、ふたりには深刻に捉えられてしまたようだ。ふたつの視線は、患者に寄せるモノと同等だった。

 お茶会の空気を壊したくなかった。愛佳は、甘さ控えめのカフェラテをぐいっときっしたあと、「健康だから大丈夫!」と声量で誤魔化した。


 一拍。

「そうそう。食と言えば、満喫町には食を司る神が居るの。食べ物をぞんざいに扱うと天罰が下るって信じられてる」

 店内の賑やかさの合間を縫うように、地元民の未来がオカルトめいた話題を持ち出した。愛佳、富士彦が「へえ」、「どんな」と同じトーンで相槌を打つと、キャラメルマキアートが入ったカップを手に持ったまま肘をついた。

「神隠し、世間的には行方不明。去年も一昨年も――ううん、もっと前から失踪事件は起きてるの。不幸の音はズルズルと、大鉈おおなたを引きずるかのように近づいてくる。一歩、また一歩――と、人目をはばかりながら」

 この現代に『天罰』や『神隠し』なんて言葉を信じるのは、陰謀論が好きな頭の悪い人間くらいである。それが毎年起きているのであれば、だいぶ問題だが。

「大方、鬼神きしんの仕業に見せかけた人間の犯行では? 俺は、そういう奇行の持ち主のほうがよほど恐ろしいけど。未来さんは信じてんの?」

「いや、あたしも富士彦の言うとおりだと思う。なんでも、人々の恐怖を有史からむしばみ、あたしの祖父母の代も神隠しを信じてたってさ。ゆえに、満喫町は食を大切にしている。得体の知れない化け物に監視されるかのようにね」

 食に感謝するのは人として至当な行為だ。けれど、それを自然に行わせるには、なにか強大な力で押さえつける必要があるということか。飽食の時代だからこそ、余計に皮肉である。

「でも、食べ物を粗末にすると――」

 未来は独擅どくせんを得たように、ふたりの開口をコントロールしていた。

 それは動作にも表れており、普段からあまり開いていない両眼をわざとらしく見開くと、手中のカップをテーブルの上に戻した。思った以上に大きい効果音が店内に響き、音韻が消えるとすぐ「」と、低い声が耳をまさぐってきた。

「怖っ。え? じゃあさ、食べてすぐ吐いちゃったら罪になる?」

「女の子が、なんちゅー汚い話をしてんだよ」

「それ、もはや体内の現象だし」


 日がだいぶ傾き、「さて」という誰かのクッションを皮切りに、雑談のトーンが穏やかになった。ガラス越しに見える退社風景は、花の金曜日が相乗し、オフィスワーカーたちの表情から『個性』が窺えた。

 あすは約束の日。あのな――もとい、な先輩が居なければ、三人がこうして打ち解けることもなかったかもしれない。

 まだ一週間も経っていない交友関係なのに、出会いが遥かに感じる。こうして駆け抜けてゆく金色時代は、瞬きした途端にもう過ぎ去っている。過言かもしれないが、バナナの食べ時のように一瞬なのだ。

 会計を終えた三人は、店頭で春茜はるあかねを浴びながら小さく手を振った。

「またあした」

 を、深く噛みしめながら。

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