5 バナナの食べ時のよう
「――わたしはホラ、三度の飯が人一倍好きだよ」
「過ぎたるはなお及ばざるがごとし……」
「え、大食いってこと? その割に細すぎじゃない? 大丈夫?」
小さい頃からそうだった。
なのに、屈託のない
お茶会の空気を壊したくなかった。愛佳は、甘さ控えめのカフェラテをぐいっと
一拍。
「そうそう。食と言えば、満喫町には食を司る神が居るの。食べ物をぞんざいに扱うと天罰が下るって信じられてる」
店内の賑やかさの合間を縫うように、地元民の未来がオカルトめいた話題を持ち出した。愛佳、富士彦が「へえ」、「どんな」と同じトーンで相槌を打つと、キャラメルマキアートが入ったカップを手に持ったまま肘をついた。
「神隠し、世間的には行方不明。去年も一昨年も――ううん、もっと前から失踪事件は起きてるの。不幸の音はズルズルと、
この現代に『天罰』や『神隠し』なんて言葉を信じるのは、陰謀論が好きな頭の悪い人間くらいである。それが毎年起きているのであれば、だいぶ問題だが。
「大方、
「いや、あたしも富士彦の言うとおりだと思う。なんでも、人々の恐怖を有史から
食に感謝するのは人として至当な行為だ。けれど、それを自然に行わせるには、なにか強大な力で押さえつける必要があるということか。飽食の時代だからこそ、余計に皮肉である。
「でも、食べ物を粗末にすると――」
未来は
それは動作にも表れており、普段からあまり開いていない両眼をわざとらしく見開くと、手中のカップをテーブルの上に戻した。思った以上に大きい効果音が店内に響き、音韻が消えるとすぐ「本当に人が消える」と、低い声が耳をまさぐってきた。
「怖っ。え? じゃあさ、食べてすぐ吐いちゃったら罪になる?」
「女の子が、なんちゅー汚い話をしてんだよ」
「それ、もはや体内の現象だし」
日がだいぶ傾き、「さて」という誰かのクッションを皮切りに、雑談のトーンが穏やかになった。ガラス越しに見える退社風景は、花の金曜日が相乗し、オフィスワーカーたちの表情から『個性』が窺えた。
あすは約束の日。あの妙ちきりんな――もとい、ちんちくりんな先輩が居なければ、三人がこうして打ち解けることもなかったかもしれない。
まだ一週間も経っていない交友関係なのに、出会いが遥かに感じる。こうして駆け抜けてゆく金色時代は、瞬きした途端にもう過ぎ去っている。過言かもしれないが、バナナの食べ時のように一瞬なのだ。
会計を終えた三人は、店頭で
「またあした」
を、深く噛みしめながら。
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