4 まるで炭酸水

 同好会に囚われている愛佳あいかは、不毛な会話を広げる必要なんてなかったが、純粋に光田みつだ未来という人物に惹かれていた。

「ったく、宗教勧誘みたいに囲まれるとは思わなかった」

 未来みらいの反応のとおり、採食同好会への誘致ゆうちは、軽く失敗した。

「ところで、ふたりは都心から通ってるんだっけ? せっかくだし理由聞かせて」

 緩慢かんまんそうな態度だが、見据えてくる垂れ目には力強さがある。

 受動的かと思えば、自ら会話の発展に心がける。

 そんな未来は不意に話の腰を折り、愛佳たちに質問を投げかけてきた。


「俺は……志望校に行けなくて、それで併願へいがん校というか……」

 愛佳よりも先に質問に答えたのは、富士彦ふじひこだった。過去をはばかるかのように曖昧に。どうやら彼は、この学校が滑り止めだったわけだ。

「そんな気ぃ遣わなくて良いよ。じゃあ、鮎川さんは?」

 ほどなく質問が愛佳にも向けられた。

「わたしは某同好会の噂を聞いた。そんでこの学校に入ったの」

「ほう、それがさっきのペライチにつながるのね。つまり、ふたりは満喫町まんきつちょうのことを詳しく知らない、か。ちなみにキミたちを誘った人って誰?」

「えと、安藤あんどうさん? 安藤あんっていう三年生だよ」

「そういうことか……」

 未来は不思議な陰影をちらつかせ、ウェーブの毛先を触りながら、廊下の窓を隔てた青天井に顔を向けた。ほどなく、乖離していた意識が戻ってきたのをほのめかすように、口元がわずかにぴくり――

「オーケー、さっきの同好会の件、やっぱあたしも行く。でも、そこでなにがあっても自己責任だからね。わかる?」

 すると、清々しく意見をひっくり返してきた。脅嚇きょうかくを覗かせる姿は、とても冗談を言っているようには聞こえなかった。

「あ、ありがとう? でもなんで急に――」

「ふたりに興味が湧いたから。じゃ、土曜日よろしく」

 未来はまるで炭酸水だ。味がないかと思えば、実質的な刺激を与えてくる。

 ふと目を逸らした先では、ケヤキが南風で揺れている。騒がしくなり始めた廊下では、愛佳の心が揺れていた。

 次の土曜日まで、空腹状態を持ち越すような生殺しにはなりたくなかった。背を向けようとした未来を引き止めたいがために、愛佳は肉声を漏らしながら、彼女の腕をつかんでしまった。

「ま、待って! 土曜からと言わず、あす……あのホラ、良かったら、あすから一緒にお弁当食べない?」

 キツネとタヌキのような、対照的な顔つきのふたり。

 前者はどもり、後者は困ったように笑っていた。

「あたしみたいないんキャラに、よくもまあ。理由はどうあれ、そう言われるのは素直に嬉しいか。こちらこそよろしくね、えっと……愛佳と富士彦」

 間がなかったと言えば嘘になる。未来も戸惑いを見せていたからだろう。それでも、語尾に発生した一笑は、紛れもない彼女の本心を物語っていたはずだ。


 金曜日、放課後。高校から最寄もよりのコーヒーショップで寄合よりあいを開いていた。

 メンバーは愛佳、富士彦、未来の三名。各々がカフェモカ、抹茶ラテ、キャラメルマキアートをテーブルに並べ、ゆったりとした青春を堪能している。

 トピックは『日常』である。

「あたしは、この町で育ったの。普段はチャリ通で、休日は専ら町を放浪してるかな。特技は霊との会話、なーんてね」

「なに? みぃちゃん霊感あんの? すげー」

「未来さんってオカルト少女かよ。俺、ホラーは勘弁してほしいわ」

「いや……あたしの言葉を鵜呑みにしすぎな」

 未来の言動を愚直に信じそうになるのは、クールなキャラゆえだろう。空気が抜けているような容姿も、ばしっと否定を言い放つ気だるさも、愛佳が備えていない一面なので、憧れの対象として映ってしまうのだ。

「んじゃ家では?」

「本読んだり、パソコンいじったり。あとは祖父が陶芸好きで、工房と窯を持ってるの。だから、たまに爺さんの道楽に付き合って、焼き物もするよ」

「良いね、いつかわたしの湯飲み作ってほしいな。では、フジさんは?」

「俺か……」

 一方で富士彦は、父、母、姉と四人で暮らす男子高校生で、住まいは都心。成績は割と優秀、スポーツもこなし、友達もそれなりに居る。健全な男子として、成人雑誌もこっそり読んでいるようだ。

「あらあら、フジさんって普通の子だね。名前は大きいのに」

「やかましいわ、質実剛健しつじつごうけんって言いなさい。で、そういう愛佳は?」

 ほどなく愛佳にも話題が流れてきた。が、自分語りはいささかな苦手意識がある。

 茶髪にしているのは単なる高校生デビューみたいなものだし、ハイポニーテールにしたのは可愛く見られそうだったから。私生活は、普通の父母との三人暮らし。電子機器に弱く、スマホは使いこなせていない。

 趣味、特技は――

「え、えーっと」

 やはり、語るしかないのだろうか。

 己がアイデンティティでもある、『食』について。

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