食べ残し

たべのこし

 どうもどうも。

 アタシは脇野わきの若葉わかば。名前のとおり、主人公たちの近くで日常生活を過ごす脇役です。けれど絶対的にモブのほうが良いです。なぜなら、主人公になると間違いなく大変な目に遭うからです。

 極めて大きな痛みを伴う、無意味に辛い状況に陥る、喜怒哀楽が破綻する――ロクなことがありません。

 それはそうと、二年生に進級してからは、が一緒に居るところを一度も見ていません。おそらく理由は、バラバラのクラスになってしまったからでしょう。


 ――土曜日。

 部活の走りこみ中。集団から置いていかれたアタシは、空を見つめながら公道をダラダラと周回していると、後方から男子生徒が追いついてきて、

「なあ脇野! さっきオレ、小腹が空いてカバンを漁ってたんだよ! そしたら、なにが出てきたと思う?」

 意気軒昂に、しこたまどうでも良い問題を出題してきました。

 彼はクラスメイトの生駒いこま一樹いつきくん。部活は確かバスケ部? いや、サッカー部? あるいは、なんかわからない部。坊主ではないので野球部ではなさそうですが。あとで聞いておきましょう。

「ウジ虫が五十匹くらい湧いたお菓子かな? 生駒くんズボラだし」

「惜しいぜ。正解は、数ヶ月前のお菓子。これなんだけどよう」

 彼はもろもろ、否定やツッコミをすっ飛ばし、アタシの目の高さに飴玉を持ってきました。確か去年、フィーバーが起きた時の飴玉です。

「あー、懐かしいねそれ。あの時のやつでしょ? えっと、安藤あんどうあんさん」

「そうそう、それで思い出したんだよ。いつの間にか安藤先輩って転校してたよな」

「うーん、確かに三年生の秋に転校って不自然かな。麩谷ふたにくんたちが入ってた同好会も、その辺りで活動しなくなっちゃったんだよね」

 アタシがおしゃべりに夢中になり、息が上がってくると、生駒くんは走るペースを緩め、次第に徒歩に切り替えてくれました。倣うようにアタシも、ゆっくりと並行して学校を目指します。もし顧問や先輩に怒られたら、『生駒くんにナンパされた』とでも吹かしておきましょう。


「言おうかどうしようか迷ったんだけど……ちょっと聞いてくれるか?」

「ん?」

 遠目に学校が見えてきた頃。生駒くんは改まって、足を止めました。アタシは釣られて同じ行動を取ると、普段からは考えられない真面目な表情で、顔を覗きこんでくるではありませんか。もしかしてこれは告白のシーンでしょうか? 

「去年の十二月、フード被った女子がクラスに乱入してきたろ?」

 あ、違った。フラグ回収が早すぎやしませんか。少しでも期待したアタシがアホでした。良いんです、アタシは麩谷くん一筋なので。

「変な子が乱入してきた事件かな? 結局、麩谷くんが突き飛ばされて、光田みつださんと喧嘩して、鮎川あゆかわさんを拉致ってったやつ」

「今思うと、あれって……安藤先輩だったんじゃないかって」

 そうかと思えば、ホラー話へと軌道がれてゆきました。アタシを怖がらせようとしているのか、本気で言っているのか、どちらにせよ彼の話に乗ってあげないわけにもいきません。

「この学校って割と幽霊居るからねー。例の第二調理室にもいっぱい居たし、もしかしたら食べられちゃった人たちの怨霊かな?」

「え? お、お前……なに言ってんだ」

 せっかく話を広げたのに、ピュア駒くんの反応があまり面白くありません。

「そういえば麩谷くんって、最近元気ないよね」

 仕方がないので、アタシはがらりと話題を変えました。ふたりに共通する友人なので、これならトレンドに困らないでしょう。

「そんじゃ部活終わったら、アイツ誘って寄り合いでもしようぜ」

「せっかくだし都心まで行こうよ」

 アタシは学校へ着くやいなや、部員や顧問をスルーして部室へ戻り、スマホで麩谷くんへメッセージを送ると、オッケーの返事が秒で返ってきました。意外とヒマなのでしょうか。


 夕刻。

 たまに都会に来ると、人の波に酔ってしまいそうになります。オシャレな同年代の子がいっぱい居ます。ピュア駒くんが、キョロキョロしています。恥ずかしいです。

 待ち合わせ場所のコーヒーショップ前で雑談していると、

「ごめん遅れた」

 私服を着た麩谷くんが、颯爽と雑踏の合間を縫って現れました。

 カットソーの上に、袖をまくったジャケットを合わせ、スキニーパンツを穿いており、どこまでも都会に馴染んだ装いです。制服姿のアタシたちとは雰囲気がまったく違います。都会人に憧れるのは、やはり田舎コンプレックスの賜物ですね。

「大丈夫。そんな待ってねえぜ」

「実はさっきまで……歳の離れたこじらせ系姉ちゃんが動画の配信してて、それのアテンドしてたんだ。まあ、適当にオルタナティブ捕まえて逃げてきたけど」

「あてんど?」

「おるたなてぶ?」

 たまに麩谷くんは、よくわからない呪文を使います。すぐに「すまん」と謝り、アタシたち向けの言葉に切り替えてくれるのが救いです。


 店内。

 アタシはソイラテ、生駒くんはカフェモカ、麩谷くんは以外にもキャラメルマキアートを頼み、席を見つけてようやく落ち着きました。

「麩谷くん、そういうの飲むんだね」

「いやまあ……俺の知り合いに、垂れ目で性格の歪んだ、ウェーブかけた女が居るんだけど、そいつがよく飲んでたの。だから試しに頼んでみただけ」

 アタシのモンタージュでは、該当する人がひとり居ますが――ここは深掘りは避けておきましょう。生駒くんも、無表情クワイエットを決めこんでいますし。

「そ、それよりフジがずっと元気ねえから、脇野が心配して誘ってくれたんだぜ」

「そうだったのか、ありがとね気ぃ遣ってくれて。こうして誘ってくれたのは素直に嬉しいよ。いやさ、一年の頃に突っ走りすぎて、今ちょっとバーンアウトで」

 麩谷くんは、相変わらずわけの分からない横文字を使います。高校生にもわかるように話してほしいものです。というか、麩谷くんも高校生のはずですが?

「バーンっ?」

「アウトー?」

「えと……燃え尽きた感じかな。それで去年は色々あって……。そうだ聞いてくれよ、まずヤベー女が三人も居てさ。で、そいつらが――」

 こうして、アタシにとって楽しい楽しい高校二年生が始まるのでした。

 ――麩谷くんの話を最後まで聞いて、かなりドン引きしましたが。


 でもこれから退屈はしなさそうです。

 なぜなら、もうライバルは居ないようですから。


                                   了

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食材の檻(加筆版) 常陸乃ひかる @consan123

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