食べ残し
たべのこし
どうもどうも。
アタシは
極めて大きな痛みを伴う、無意味に辛い状況に陥る、喜怒哀楽が破綻する――ロクなことがありません。
それはそうと、二年生に進級してからは、あの三人が一緒に居るところを一度も見ていません。おそらく理由は、バラバラのクラスになってしまったからでしょう。
――土曜日。
部活の走りこみ中。集団から置いていかれたアタシは、空を見つめながら公道をダラダラと周回していると、後方から男子生徒が追いついてきて、
「なあ脇野! さっきオレ、小腹が空いてカバンを漁ってたんだよ! そしたら、なにが出てきたと思う?」
意気軒昂に、しこたまどうでも良い問題を出題してきました。
彼はクラスメイトの
「ウジ虫が五十匹くらい湧いたお菓子かな? 生駒くんズボラだし」
「惜しいぜ。正解は、数ヶ月前のお菓子。これなんだけどよう」
彼はもろもろ、否定やツッコミをすっ飛ばし、アタシの目の高さに飴玉を持ってきました。確か去年、フィーバーが起きた時の飴玉です。
「あー、懐かしいねそれ。あの時のやつでしょ? えっと、
「そうそう、それで思い出したんだよ。いつの間にか安藤先輩って転校してたよな」
「うーん、確かに三年生の秋に転校って不自然かな。
アタシがおしゃべりに夢中になり、息が上がってくると、生駒くんは走るペースを緩め、次第に徒歩に切り替えてくれました。倣うようにアタシも、ゆっくりと並行して学校を目指します。もし顧問や先輩に怒られたら、『生駒くんにナンパされた』とでも吹かしておきましょう。
「言おうかどうしようか迷ったんだけど……ちょっと聞いてくれるか?」
「ん?」
遠目に学校が見えてきた頃。生駒くんは改まって、足を止めました。アタシは釣られて同じ行動を取ると、普段からは考えられない真面目な表情で、顔を覗きこんでくるではありませんか。もしかしてこれは告白のシーンでしょうか?
「去年の十二月、フード被った女子がクラスに乱入してきたろ?」
あ、違った。フラグ回収が早すぎやしませんか。少しでも期待したアタシがアホでした。良いんです、アタシは麩谷くん一筋なので。
「変な子が乱入してきた事件かな? 結局、麩谷くんが突き飛ばされて、
「今思うと、あれって……安藤先輩だったんじゃないかって」
そうかと思えば、ホラー話へと軌道が
「この学校って割と幽霊居るからねー。例の第二調理室にもいっぱい居たし、もしかしたら食べられちゃった人たちの怨霊かな?」
「え? お、お前……なに言ってんだ」
せっかく話を広げたのに、ピュア駒くんの反応があまり面白くありません。
「そういえば麩谷くんって、最近元気ないよね」
仕方がないので、アタシはがらりと話題を変えました。ふたりに共通する友人なので、これならトレンドに困らないでしょう。
「そんじゃ部活終わったら、アイツ誘って寄り合いでもしようぜ」
「せっかくだし都心まで行こうよ」
アタシは学校へ着くやいなや、部員や顧問をスルーして部室へ戻り、スマホで麩谷くんへメッセージを送ると、オッケーの返事が秒で返ってきました。意外とヒマなのでしょうか。
夕刻。
たまに都会に来ると、人の波に酔ってしまいそうになります。オシャレな同年代の子がいっぱい居ます。ピュア駒くんが、キョロキョロしています。恥ずかしいです。
待ち合わせ場所のコーヒーショップ前で雑談していると、
「ごめん遅れた」
私服を着た麩谷くんが、颯爽と雑踏の合間を縫って現れました。
カットソーの上に、袖をまくったジャケットを合わせ、スキニーパンツを穿いており、どこまでも都会に馴染んだ装いです。制服姿のアタシたちとは雰囲気がまったく違います。都会人に憧れるのは、やはり田舎コンプレックスの賜物ですね。
「大丈夫。そんな待ってねえぜ」
「実はさっきまで……歳の離れたこじらせ系姉ちゃんが動画の配信してて、それのアテンドしてたんだ。まあ、適当にオルタナティブ捕まえて逃げてきたけど」
「あてんど?」
「おるたなてぶ?」
たまに麩谷くんは、よくわからない呪文を使います。すぐに「すまん」と謝り、アタシたち向けの言葉に切り替えてくれるのが救いです。
店内。
アタシはソイラテ、生駒くんはカフェモカ、麩谷くんは以外にもキャラメルマキアートを頼み、席を見つけてようやく落ち着きました。
「麩谷くん、そういうの飲むんだね」
「いやまあ……俺の知り合いに、垂れ目で性格の歪んだ、ウェーブかけた女が居るんだけど、そいつがよく飲んでたの。だから試しに頼んでみただけ」
アタシのモンタージュでは、該当する人がひとり居ますが――ここは深掘りは避けておきましょう。生駒くんも、無表情クワイエットを決めこんでいますし。
「そ、それよりフジがずっと元気ねえから、脇野が心配して誘ってくれたんだぜ」
「そうだったのか、ありがとね気ぃ遣ってくれて。こうして誘ってくれたのは素直に嬉しいよ。いやさ、一年の頃に突っ走りすぎて、今ちょっとバーンアウトで」
麩谷くんは、相変わらずわけの分からない横文字を使います。高校生にもわかるように話してほしいものです。というか、麩谷くんも高校生のはずですが?
「バーンっ?」
「アウトー?」
「えと……燃え尽きた感じかな。それで去年は色々あって……。そうだ聞いてくれよ、まずヤベー女が三人も居てさ。で、そいつらが――」
こうして、アタシにとって楽しい楽しい高校二年生が始まるのでした。
――麩谷くんの話を最後まで聞いて、かなりドン引きしましたが。
でもこれから退屈はしなさそうです。
なぜなら、もうライバルは居ないようですから。
了
食材の檻(加筆版) 常陸乃ひかる @consan123
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