43 生クリームとスポンジと苺

 友人が罪を犯した。

 友人を見捨てれば助かるかもしれない。

 友人は捕まったあと、なんと供述するだろうか。

 不思議と恐怖はなかった。

 たぶん、通過儀礼つうかぎれいという表現を己に言い聞かせていたからだ。


 ゆったりと進む時間に、どれだけ胃を圧迫されていただろう。

 考えあぐねる、次なるキャラクターの行方。

 どこまでも自分を偽れば、怖いものなんて消えてしまう。

 逆になにかを演じていないと、排水溝に脳を吸いこまれそうなのだ。


 過食嘔吐――愛佳あいかにとっての『当たり前』は、ここでは大きな罪だった。

 すぐ隣にトイレがあるというのに、数メートルがとてつもなく遠いのだ。

 吐き出したいのは食ばかりではなく、失いかけた理性、忘却しかける良心。

 また、次第に強くなってゆく友人への嫌悪。

 今回は、『免罪符』をうたっている以上、嘔吐という十八番オハコが通用しない。

 過食嘔吐よりも恐ろしい非日常に囲まれ、五感への総攻撃を受けている現在。

 皆の思考に虚実があろうがなかろうが、山を乗りきるのには協力が不可欠である。


 部屋の隅に立てかけられていたパイプ椅子を組み立てた未来みらい

 どっかと座りながら料理本を読んでいる。


 富士彦ふじひこは、ハンターの視線をかいくぐるかのように気配を消している。

 部屋の隅で小さくまとまり、体育座りをしている様がいやに可愛い。


 愛佳は数分前、平然を装って強がりを口にした。

 手伝うと力んだ分、抵抗は見せられなかったのだ。

 作った笑顔が引きつり、個室でおこなってきた所業をさらけ出しそうになった。

 上がってくる物をぐっと堪え、『今は至高の時間だ』と自己催眠をかけた。

 最善の言い分。最悪の言い訳。無茶に決まっていた。いや、無茶だと知っていた。

 するとどうだろう? 吐き気が徐々に消えていった。もちろん誤謬ごびゅうだ。

 数時間前の愛佳は、オートロックの牢屋に監禁された。

 そいつは一生、冷たい床の上で、誰とも会わず、服も着ずに過ごすのだ。


「この三人は初めから、生クリームとスポンジと苺みたいにアンバランスかつスウィートな関係だった。わたしが採食同好会さいしょくどうこうかいを求め、平獅子ひらじし高等学校へやってきた時点で、負の方向に回り続ける時は止められなかった。早く外に出たい……けど、外に出れば知者によって、この出来事は幻想に置換される。知者は思いのほか無知だったりする。無知は怖いよ。なんでかって言うと急に襲いかかってきたり、牢屋にぶちこもうとしたりするから。外は恐ろしいところで、まだ踏み出しちゃダメなんだ」


 ――そうして、幾度も辿り着いた結論をつぶやく。

 食材を処理するまでは、寒さと個々の感情に耐え忍ばなければならないと。

 外で待っているのは、どこまでも嘘を塗り重ねる自分との逃避行であると。

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