33 抹茶色とキャラメル色(回想)

  8


 五日前――十二月十八日。

 未来みらいが安藤家へ出向いた日の夜、富士彦ふじひこ個人にメッセージを送っていた。


  みぃ[ちょっと助けてほしいかも]

  みぃ[あの、突然ゴメンね]

  Fuji[どした? 会って話したほうが良い?]

  みぃ[うん、会ってくれるならそっち行く。こっちでは話したくない]

  みぃ[なんか色々と吞まれそうで・・・]

  Fuji[OK じゃあ駅で待ってるわ 遅い時間だから気をつけて]

  みぃ[ありがと]


 到着時刻を聞いた富士彦が、最寄駅の改札前で待っていると、カジュアルなチェックワンピースの上に、ファーコートを着衣した未来が軽く手を振り、ブーティのヒールを鳴らしながら改札を抜けてきた。

 首、手、足、私服でも防寒はバッチリの未来は、

「急に呼び出してゴメン」

 しおらしく頭を下げた。

 クラスで顔を合わせている友人とは思えないほど緊張感が漂う中、

「あぁ、大丈夫。とりあえず、そこ入ろう」

 挨拶も早々に、富士彦は駅前のコーヒーショップを指しながら入店を促した。先に未来を席で待たせ、いつもの抹茶ラテとキャラメルマキアートを購入すると席に落ち着き、互いに糖分を補給して心も落ち着かせた。

「ありがと。あ、お金――」

 未来は、気が利く男子に一礼。財布を出そうとすると、

「良いよ、わざわざ来てくれたんだから。それより話って? やっぱ会長絡み?」

 富士彦はそれを丁重に断り、本題を促した。

「そりゃ気づくか」

「未来さんが会長とどんな因縁があって、どちらが悪いかなんてわかんない。でも、話せる範囲で良いから事情を教えてくれないか?」

「……うん。実は今日ね、安藤邸に行って色々あって」

 未来はその流れで、富士彦がどこまで信じてくれるかを度外視し、すべてをぶちまけた。これ以上、ひとりで抱えるのは限界だったのだ。

 未来は、今まで一度も口外したことのない過去の出来事を含め、ここまでの帳尻を合わせようと、ひとつひとつ丁寧に事情を語っていった。



  9


「――信じがたいけど整理しよう。まず満喫町まんきつちょう有史以来ゆうしいらい、人食いの文化があり、一部ではそれが続いてる。それに関わって、危害が及ぶのを危惧きぐした未来さんは、俺と愛佳あいかを同好会から遠ざけようとしてくれた」

 富士彦にとっては、ひとつ目でもうお腹一杯の史実だった。むしろ、フィクションとして受け入れたいくらいの御伽噺おとぎばなしである。

「会長は、人間をさばく民間の資格を持ってる。のみならず、会長は弟さんを殺してしまっている。けど、その片足のない弟さんが安藤邸に居た。会長はそれを……生きてる認識してる」

 けれど富士彦は、すべて受け入れた。自分を犠牲にしてまでふたりを守ろうとしてくれた未来が、露骨な弱味を見せてきた以上、それを放っておけるほど物臭ものぐさではなかった。それは、偽善でも恋情でもない。困っている人を助ける、人間として当然の行動だった。

「未来さんと会長との出会いは、弟さんが死んだあと。なにも知らなかったチビ未来さんは、いつもひとりで居る会長にシンパシーを覚えて、友達になろうとした。けれど、それが親にバレて怒られて以来、会いに行かなくなったと」

「うん、要約するとそんな感じ」

 反面、どうせ信じてもらえず、軽くあしらわれると思っていた未来は、少年の態度にただ感謝の念を浮かべた。

「会長は近いうちに、俺や愛佳にも魔の手を伸ばしてくるだろう。であれば、準備をしておかないと。どうあれ、出たとこ勝負になるけど」

「じゃああいつに絡まれたら、言質を取るために録音しとく?」

「それは読まれてる気がするんだよ。やらないより、やったほうが良いけど」

「ボディチェックされそう? 富士彦、あいつに好かれてるから……」

 未来と富士彦は同時に苦笑した。明らかに、健全な好かれ方ではないからだ。

「それに、躍起になってる会長を利用するなら、正面から行くべきではないよ」

「んじゃ、メガネ型のカメラとか使う?」

「俺メガネキャラじゃないし。いや、待てよ? 逆に利用できるかも」


 席に着いて十分、二十分、三十分――

 抹茶色とキャラメル色は、とっくに両者の胃の中へ消えている。

あいつだって、富士彦を抱きこめるとは思ってないはず」

「俺はたぶん、彼女にとって攻撃の対象になるはずだよ」

「覚悟はできてるってこと? はぁ……富士彦もついにか」

「落胆しない。未来さんがしてくれたように、今度は俺が未来さんを守るから」

「うん……ありがと」

「ともあれ、愛佳が過食症ってことは絶対に知られてはいけないな」

「確かに。【五大の罪】にかこつけて、なにしてくるか……」

 未来の懸念に相槌を打ちながら、富士彦は端末から愛佳の連絡先をタップした。けれど、十回ほどのコール音を聞いたところで、

「だめだ、出ない。とりあえず注意喚起だけ送っとく」

 伝達方法をメッセージに切り替えた。


「正直あたしは、愛佳のことをなにも知らない」

「仕方ないって。他人のことなんて誰もわからんさ」

「それは……」

 未来は富士彦のことを知らない。是非、もっと深く知りたいと思っている。

 富士彦は未来のことを知らない。教えてくれるなら知りたいと思っている。

「あとは最悪、俺の支援がなくなった場合、未来さんひとりで持ちこたえてもらうと思う。もちろん、なるたけ早く助けには行くけど……大丈夫そう?」

「あたしを誰だと思ってんの? 光田未来様だっての、わかる?」

「うん、だからその……あんま無理しないでほしいんだ」

「はい……」

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