25 羊
「これは、あたしの憶測だけど――」
「ふん、憶測か。その頭で繰り広げるのは自由だよ? 思い思いの推理を見せびらかすのも自由さ。だけど、その自由には責任が伴う。わかるかい?」
「言われなくても」
「自由とワガママの違いとは? 人に迷惑をかけるか、かけないかの違い――と偉人が説いていたな。もし君の推理がデタラメだった場合、もちろん責任は取ってくれるんだろうね? それだけの代償は支払ってもらわないとな」
「相変わらず、そういうの好きだな」
「そうだ。五、六個ピアスの穴を増やしてみようか? まち針と縫い針しかないけれど、平気平気。耳以外でも良いんだから」
「悪趣味な奴。人の恐怖を貪り、愉悦に浸る。お前が昔からやってることは、被弾の少ない安全地帯から弱い者いじめしてるだけ。わかる?」
未来は『恐怖を貪る』と言った。ポーカーフェイスを露出させながらも、内心は高鳴った鼓動を隠しているのだ。直接、胸に耳を当てて心音を聞き、また脈動を感じたいものだ。
「いやいや、取引はどちらかが優位じゃあないと『取引』にならないんだよ? だからリスクだってつきものなんだ。わかるかい?」
「証拠がなくても言うまでは
いかにも捨て身らしい答えに対して、杏は無言のまま手を仰いで『続けろ』のサインを送った。この後輩、もはや
『あなた、あんちゃん? いっしょに、あそぶ?』
不意に、舌足らずな未来の声が頭の中を反響し、たちまち消失した。眉間に渓谷を作った杏は、それを隠そうともせず後輩を睨みつけた。本性が見破られている以上、別の同好会仲間に見せる笑みなんて、なんの役にも立たない。
「まずは由緒あるこの家系。それに【五大の罪】の存在。調理室を取り巻く学生の怨霊。なにより、勧誘された生徒たちの名前。こんなところか」
淡々と語った未来は、思った以上に要点を押さえていた。
杏としては、未来の全身にコルセットピアスをしてやろうと胸を躍らせていたのだが、筋の通らない罰は与えていても虚無しか感じない。杏はわざと眉を釣り上げ、口元を緩める演技をした。
上級生としての余裕、旧家の娘という誇りである。
「つまりなにが言いたい?」
杏は強めに迫った。
「この町では未だに、水面下で人肉
杏はあえて答えず、呼気を整えた。
「これはこれは、突飛な発想だなあ。光田さん、ホラー小説でも書いたら――」
「はぐらかすな。本来なら人肉食なんて、鼻で笑われる都市伝説。でも、ある程度の家柄で育った人間なら、若い世代でも認知する者は居る。食したことのある者だって例外じゃない。ただなんの得にもならないから、現代では公言しないだけだ」
――そうだ。
初めから、誤魔化しきれる相手ではないことくらい確信していた。だから、なるべく関わろうとしなかったのだ。余計な骨折りで熱量を使いたくなかったから。
「やっぱり君はイレギュラーだな。自称オカルト少女だったら平和だったのに」
「あたしがイレギュラーなのは名前?」
いけしゃあしゃあと、後輩はカバンからふたつ折りのA4紙を取り出し、座卓に広げた。紙の上に連なっていたのは人名で、十八名の名前と顔が一致した。
会長
安藤杏
三年
海老原
菊地
二年
鯨井久遠 酒井聡 酒巻咲
三宅水菜 湯川柚子 竜泉寺李香
一年
鮎川愛佳 大貝治 川島花梨
木梨恭介 麩谷富士彦 光田未来
桃井もえ 森久保桃子
「君の言いたいことが、デコポンとポンカンの違いくらいわからないね」
「何度も言わせるな。
要するに、在籍している者たちの名前のどこかに、食材が紛れているのだ。とはいえ、その辺りの選別は本当に他所の庭だった。同好会に勧誘する生徒は、決して杏が決めたわけではないのである。
「あ、ついでに言うと三年にキラキラネームが多い」
「え? ちょっ、やめろやめろ! 私はキラキラしてない! マジでやめて?」
「どんだけ嫌なんだよ……」
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