かえりみち

 二日ぶりのお天道様を拝んだ愛佳あいかは、どこにでもある樹木に有難みを感じ、本来なら凍える北風も心地よく思えた。

 帰り道。未来みらいと別れたあと、富士彦ふじひこと一切の言葉を生み出さないまま最寄駅に到着した。タイミングよくやってきた快速列車はがらんとしており、椅子に深く座る愛佳は、ミルクに長時間浸されたコーンフレークのように、なよなよとしてしまった。

 暖房も二日ぶりである、気を抜いたら眠りに落ちてしまう。発展した浮世は、愛佳たちには優しすぎたのだ。

 発車してすぐ富士彦が、

「あのさ愛佳、忘れてるかもしれないけどジャージ穿きっぱなしだぞ」

 今月で最も衝撃的な告白をしてきたではないか。

「でぇ……マジだ! ちょっと! も、もっと早く言ってよ! アホー!」

「あぁ、いつもの愛佳だ」


 愛佳は自宅のマンションへ帰宅すると、母親の小言から逃げるように自室へと向かった。ベッドと一体化し、一分弱で眠りに落ちた。

 当然、夢を見た。そこは黒い塀に囲まれた、立派な門構えの大きな旧家で、ひとりの女児と、姿の見えない男児と一緒に遊んでいた。

『わたしいつか、あざみと、お店やさんやるから。あいかちゃんもなかまになって』

 愛佳は女児に答えた。どんな形であれ力になると。

『名前は、さい食同こう会。こないだ、パパが考えてくれた』

 愛佳は約束した。もうすぐ引っ越してしまうが、必ず戻ってくると。

『バイバイ、あいかちゃん』

『またね、あんちゃん』

 ――叫ぶように飛び起きた愛佳は、ひたいに手を当てて絶え絶えの呼吸をした。

「……あんちゃん」

 布団にくるまり、数分置きに本棚の隙間や部屋の角、ベッドの下やカーテンの隙間など、あらゆる場所に目を配りながら、朝が来るのを待った。

 これでは『いつもの愛佳』に戻るまで、だいぶ時間がかかってしまう。

 目玉をぎょろつかせる生活は、存外長く続きそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る