14 不名誉なクイーン

 当然、愛佳あいかした原因は、先ほどの食べ放題である。

 終始すまし顔で、普段どおり笑いかけてくれた友人が、木製の扉を隔てた向こうで野太いにごり声を上げ、あまつさえ自らの意思で咀嚼そしゃくし、胃に収めたケーキの数々をリアルタイムで吐き出しているのだ。

 消化されず、水分を多く含み、形も香りも味も失ったスイーツを思うと、同時に愛佳が見せてくれた愉悦が浮かんできて心苦しくなった。

「うぇ、あっ……ゲホっ! ごぉ……うげぇ……! はぁ、はぁっ……」

「あ、あたし水買ってくるから! 待ってて!」

 未来みらいは返答を聞かず、公園内に設置された自販機まで小走りし、ミネラルウォータを購入した。皮肉にも搭載されたルーレットの数字が揃い、同じボトルをもう一本入手した。どうにもこうにも複雑な心持は、余計なボトルとともにスクールボストンにしまった。

 ベンチに戻る途中、ちょうど愛佳がトイレから出てきた。彼女の様相には、ケーキで浮かれていたあどけなさは微塵も残っていなかった。

 うなだれた背中に追いつき、水を差し出しながら一緒にベンチへ腰を下ろす。隣の少女の目尻には拭いきれなかった涙が光り、口元は水道でゆすいだであろう水分が大量に残っていた。それでも劣弱れつじゃくな笑顔を無理に作ろうとする姿を見ていられず、

「これ使って」

 未来はハンカチを手渡した。


 一息。

「あの、こんな姿、ドイヒーだよね……ゴメン。えっと、なんか感づいた?」

 目を合わせてこない愛佳はハンカチを握り締め、ゆっくりと顔を上げると、施錠されていた口を開いた。切れ切れの質問はとても小さく、未来には素知らぬ対応もできた。が、黙っているのは余計に辛かった。

「大食いのキャラづけ、もしくは――」

 ひとつ目の憶測はフェイク、あるいは衝撃吸収材で、

「か、過食症?」

 本当の答えは一呼吸の先にあった。

「……やっぱわかるか。ダメなの、わたし」

 一拍あって、キャップを開けたボトルに口をつける愛佳の声は、緩慢かんまんに震えていた。眠気が吹き飛んだ未来は、彼女の言葉を少しでも受け止めようとした。

「とにかく食べたいの……。昔から食べんのが好きでさ、でも食いすぎは良くないって健康を危惧きぐした親から暴飲暴食を止められたの」

 口にする過去と、現在にいたるまでの内情。傍から見れば、愛佳の両親は至当な判断をしたと思う。を与えるのは、娘を想うからこそである。

「わたしだって抑えようとした。けど、何度も何度も……理性を突き破って食欲が襲ってくる。もう、食べたくてどうしようもない時が訪れんの」

「辛いね」

「太る恐怖。わたしを想って注意してくれた親を裏切る罪悪。そのうち、好きなように食事できない日々がストレスになっていった。ある時、わたしは……悪魔のささやきに耳を貸した」

「それで、さっきみたいなことを? でもお金かかるでしょ?」

 未来の疑念を認めるように首を動かした愛佳は、何秒か経ってもう一度、同じ方向に首を振った。本音を言いよどむように。

「中学時代は給食のおかわりを利用してたから、金銭的には問題なかったよ。まあ、クラスの太っちょにはライバル視されてたけど。ははっ……」

 給食を残さずに食べる――これは褒められる行いである。が、吐き出すまでのステップと考えると、愛佳の思想は決して正しいものではない。

「それで大食いクイーンか。不名誉なクイーンだな」

「フジさんには言わないでほしいな。クイーンをイジったこと気にすると思うし」

「アイツ、見るからに誠実だからね」

 富士彦ふじひこの話題を持ち出し、わずかに場が和んだ。

 もし彼がここに居たら、どういった反応していただろうか。割かし三人で居ることが多いので、その存在がない現状、ほんの少しだけうら淋しくなった。

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