20 プチシュー爆破事件

 プチシューのを待つ間、

「ところで麩谷ふたに君は聞いたことあるかい? この町では昔から、【五大の罪】という大罪が語り継がれているって」

 あんはがらりと話題を変えた。が、いやに道徳的な質問にうんざりし、富士彦ふじひこは言葉を返しあぐねた。

未来みらいさんが言ってたんですけど、この町には食の神がまつられてたり、神隠しがあったりするんですよね。それと関係が?」

 反面、杏もすぐには答えてくれなかった。

 ゆったりと上げた表情は優しい先輩ではなく、いち人間としての――言うなれば、生きるために自我を持ち、手段を講じ、答えを見出す目をしていた。

「き、金科玉条きんかぎょくじょうさ。ぜ、絶対的な、法……だね」

 顔を向ける動作に連動し、客間に生み出されたのは、低く唸る宣言だった。浮ついた口調ではなく一文字、一文字を噛み締めていた。

「法ですか?」

 正当めいた戯言は、おおよそ杏が脚色しているのだ。年上とは言っても、まだ十代の小娘である。いかようにも、容易く情緒が変化する年頃だ。

「そう、法……っ、というか、ちょっと……! うぐっ……! お、お腹が痛くなってきた。ちょ、ごめん……離席しても良いかい?」

 ――いや、違う。

 この娘、単に薬が効いてきたので言動に険しさが増していたのだ。富士彦に、なにも症状が表れていない時点で、誰が当たりを引いたかはげんたない。

「この人、自爆してる……」

 この先輩、やはり馬鹿である。

「でも話は終わってませんよ? 法ってなんです? 最後まで聞かせてください」

「き……君って、意地が悪いんだな……ちょ、マジで、マジで……」

 眉をしかめ、前かがみになり、体をくねらせながら内股気味に立ち上がる姿は、凛とした先輩と同一人物とは到底思えなかった。それもそのはず、彼女の体内では今まさに、プチシュー爆破事件が起きているのだ。

「ははっ、冗談ですよ。粗相そそうされたらたまらんので、済ませてきてください」

「い、言い方ってもんが……! あ、ダメっ……行ってくる!」

 富士彦はあわれみを覚え、広縁に掌を向けて退室を促した。恨めしそうに客間を出て行った杏を目で追いながら、小分けのバームクーヘンの封を切り、こらえきれない失笑を浮かべてしまった。

「俺の周りって、変な女しか居ない」


 二十分ほどで戻ってきた杏は、

「やれやれ、酷い目に遭ったよ! 乙女にはもっと気を遣って――」

 恨み言を繰り返しながら、わざとらしく富士彦の隣に座り、息が触れる距離で睨みつけてきた。自分で種を蒔いておきながらも人のせいするとは、とんだ反社である。そうかと思えば、「なんの話だっけ」とトピックを軌道修正する。

 理性があるのだか、ないのだか――

「えっと、五大のなんとか? でも、もうブレちゃったんで良いです」

「ダーメ。最後まで話を聞いておくれよ」

 杏は一拍置いて、

「ひとつ、食に感謝を表さない。ひとつ、食を無駄にする。ひとつ、食の過剰摂取。ひとつ、食の摂取不足。ひとつ、食を与えない」

 その罪とやらを一気に並べ立てた。言葉を整理しながら富士彦は、

『現代ではありふれた光景だ』

 と、身も蓋もない現実を想像した。

 けれど、そのような思考の末、食品ロスに親しんでしまう現代人の所在を正そうというのが、満喫町まんきつちょういましめなのだと安易な想像はできる。

 ――食育ひとつで、町の治安が変わるなんて随分な話であるが。

「ぞっとしない話さ。その五つ、いずれかを行い続けるのは満喫町で禁忌とされていたんだ。満喫町は、私たちが生まれるずっと前、飢饉ききんに陥った。その苦しみを肝に銘じた先人たちは、【五大の罪】を作った。そして疑いのある者は裁判にかけられ処罰されたそうだ」

「宗教じみてますね。法を作ったところで、飢饉の解決にはならないのに」

「しょせん昔話さ。でも、子子孫孫ししそんそんまで受け継がれてゆく教えでもある。守らない者も居るけれど、守る者が大半だよ。法を犯す者はすぐに住民に伝わる。光回線と同等の情報網でね」

 材料調達、および調理を自ら行ったのに、それを残しただけで『罪』に問われてしまうのは、どうにも合点がいかなかった。が、そのうち富士彦は説伏せっぷくさせられるかのように首を二度、三度と縦に動かした。

「いやに詳しいんですね、昔話」

「うちは見ての通り旧家きゅうかだから、昔の書物も残っているのさ。両親から耳が痛くなるほど聞かされてきたし、それに町民はみんな【五大の罪】を知ってる」

 正座していた杏はもぞもぞと、崩した両足を横に伸ばすと、卓の上で頬杖を突いた。法とまで言いきった【五大の罪】を、余所者に語った満足感が窺える。

 処罰と聞くと、程度に着目してしまうのが人の性か。命を取られることはないだろうが、相応の仕置きが想像できる。得てして、昔の人間は残酷ないましめを好む。

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