19 毒入りプチシュー

 採食同好会には、愛佳あいかに強制入会させられた。

 が、元を正せばあんの誘いがあったから、第二調理室に関わったのだ。

「それは、かいちょ――安藤さんに誘われたから」

「いやいや、そうじゃあなくてさ。余所の子が珍しいなあって」

 富士彦が入学した平獅子ひらじし高等学校は、滑り止めで受けていた学校だ。志望校に落ちた結果、に入学した。それでも不満はなかった。入学してからの交友関係は良好だし、理解のある両親との関係も悪くない。

「……第一志望に落ちちゃって」

「不満そうだねえ」

「逆にがないんです。言うなれば、それが唯一の不満でしょうね」

 そう、なにも不満がない。

 刺激を求めていない、と言えば嘘になる。

 けれど、不満はありゃあしない。


「あの! そういや、同好会に誘われた理由って明確に聞いてなかったような」

 富士彦は居た堪れなくなり、わざとらしく話題を変えた。

「ん? その謎はそのうち解けるさ。君は頭が良いだろ、ふふっ」

 一方、杏も人をからかうように質問を逃れてしまった。富士彦は座卓のコップを左手で取り、麦茶で体を潤していると「それでさあ」と杏が語尾を含ませた。

「君はどっち狙ってんの?」

 どっち? 菓子器かしきに盛られた煎餅とバウムクーヘンを指しているとは思えない。要するに、女子高生の雑談の延長である。

恋話コイバナですか。残念ながら、どっちにも畏怖いふの念しかないですよ」

「ふふっ、ひどい言いぐさするなあ。ふたりともなかなか可愛いだろうに」

「それは認めますが、【Gourmandiseくいしんぼう and Sixth Senseだいろっかん】ですよ? キャラ濃すぎ」

「ぐるまんでぃーず……大食いってことかい? 君って辛辣しんらつだよな。私のことも、ちんちくりん少女とか思っているんだろ?」

「お……思ってないです!」

 ――常々、思っている。

 富士彦のトゲのある言い回しに対して苦笑した杏は、割方わりかた賛同しているようだ。

「でも光田みつださんの霊感は割と正確かもね。痛いオカルト少女ではないよ」

「と言うと?」

「実際に、あそこで人が亡くなっているのさ」

 杏はトレードマークのえくぼを一切浮かべず、瞬きもせず、富士彦を両眼で捉えてきた。さながら金縛りである。シャーマンかこいつは?

「退会届書いてきます」

 富士彦は憶測した。うんざりする恐怖話をテロのごとく聞かせてくる杏は、女子にありがちな情報のシェアリングをしたいだけなのだと。たぶん。

「簡単にリジェクトしないで! 人が死ぬのは当然のことだろう? 例えば、瑕疵かし物件なんて世の中にはゴロゴロ転がっているんだ。心配しないでおくれ」

「いや、調理室で人が死ぬのはただの『事故』なんですけど」

 いわくがあるからこそ、第二調理室は使用されていない。

 そこを隠れ蓑として使用している採食同好会。

 想像以上の権力を握っているよこしまな集まり。

 まるっきり与太話よたばなしだが、いやにセンシティブで筋が通る。


「よし、それなら一勝負といこうか」

 杏がパンと手を叩くと、座卓に手をついて立ち上がり、家の奥へと消えてしまった。すぐ側で感じていた体温がなくなり数分、

「じゃーん。見て見て、プチシュー持ってきたよ。でもね、このどちらかが毒入りプチシューなんだよ。うふふっ!」

「げほっ……! さ、殺人事件の予感!」

 突拍子もない言動に、富士彦が思わずむせこむと、座卓を隔てた向かいへ移動した杏が、膝立ちで見下ろしてきた。

「本当は下剤だよ。怖がらないで? 私が勝ったら君は同好会に在籍する。君が勝ったら退会を認めようじゃあないか。要は運試しだよ」

「下剤もかなり嫌なんですけど?」

「痛みをともなわないと負けた気がしないだろ。もちろん君から選んで良いよ」

「こないだのトランプでわかったと思いますけど、運は割と良いですよ?」

 魔のゲームを承諾した覚えはないのだが、杏は目を輝かせて選択を迫ってきた。ギャンブルとは不必要な選択――すなわち『リスク』ではなく、ただの『無謀』だ。

 下剤は飲んでも死なないが、飲んだ場所によっては社会的に死亡する。これは違う意味でのデスゲームだ。観念した富士彦は左手を出し、自分から見て右側のプチシューを手に取った。

「あっ……麩谷ふたにくん、左利きだっけ」

「え? そうですけど」

「くっ……ままよ! 食べるよ、せーのっ!」

 杏の掛け声で同時にプチシューを口に運び、咀嚼のふりをして、噛まずに飲みこんだ。どこにでもある薄皮のシューの食感、ほのかな甘みが口内に残る。

「食ってすぐだと、どっちが大当たりかわからないですね」

「だったら、もっとおしゃべりしようじゃあないか。徐々に効いてくるさ」

 杏は呑気に、菓子器から煎餅を取ると、半分に割って、片割れを口に運んだ。

「なんで結果が時限式なんですか……」

 この先輩、たぶん馬鹿である。

 いや、先輩に馬鹿なんて言ってはいけない。

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