38 認知バイアス(独白)

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「あはっ、何人もの友人を切り捨ててきた女の言うことは信じないほうが良いよ」

 ――愛佳あいかは、功利主義こうりしゅぎと罵られても聞き流せるだけの心を持っている。

 小さい頃から人懐っこい言動を取るので、同級生からも大人からも慕われ、可愛がられてきた。が、永遠の友情を誓い、抱き合った友人だろうと、自分にとって不必要と判断した途端、すっぱりと損切りできる性格だった。小中学校ではそうしてきたし、この状況もまた同じなのだ。


「全員が助かる方法はないのかよ」

 ――富士彦ふじひこは、この話に最も無関係の人物である。

 自他ともに認識しており、ここで背を向ければ、狂人たちから乖離かいりし、普通の生活に戻ってゆけるのだ。だのに不思議な感覚だった。馬鹿げたゲームの結末を見たいという一抹の興味、および三人に関わってしまったけじめを取らなくてはいけないという正義感から、日常に足を向けようとはしなかったのだ。

 情けない自己欺瞞ぎまんである。


「クソ、なんでこうなるわけ……」

 ――未来みらいは今の今まで、この中で最も気が狂っている人間だと自負していた。

 が、フタを開けてみると存外まともな人種なのだと実感した。好きな人のために醜態を晒し、苦痛も耐えられるなんて変態的思考は、頭蓋骨を外しても出てきやしないのだ。さっさと帰宅して、暖かい布団にくるまりたい。

 心身の痛みに歯を食いしばりながら、くじに参加する覚悟を決めた。


「クソなんて言わないでほしいな。ここは調理室だよ、わかるかい?」

 ――あんには、認知バイアスがあった。

 それは、【五大の罪】を法と見なす満喫町で、資格者が襲われるわけがないという、葵の紋を提示するくらい無意味なバリアだった。

 力で屈服させられるおそれが現実味を帯び、今までの自分はカタギに罵詈ばりを浴びせるだけの典型的なチンピラだったのだと、これまでの行動を恥じることとなった。

 力もないくせに己に酔い、軽々しく他人に死を謳ってしまう者は、ダイレクトに返ってくる代償の重さを認知していないのである。

 そもそも、人食いの文化なんてどこで見知ったのだろうか?

 家族の口伝くでんか、旧家の書物か、あるいは――

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