39 レーズンパンの酸味(選択)

  18


「悪いけど、くじを作ってくれないかい?」

 あんは高笑いをしながら腕を組んだ。

 未来みらいは渋りながら食器棚を開け、中から四本の菜箸さいばし無作為ランダムに選ぶと、ブレザーの内ポケットからボールペンを抜き、そのうち一本の食い先を何度も黒く塗りつぶしたあと、杏へ押しつけた。『お前が混ぜろ』という無言の要求だ。

 それを受け取った杏は先端を隠した四本を背中に持ってゆき、後ろ手で混ぜ始め、

「せーので引こうじゃあないか。さあ、好きなのをつまんでくれ」

 しばらくして四本を握った片手を突き出しながら、終局への宣告をした。


 運命を決める選択だというのに、愛佳あいかはいやに迷いがなかった。初めに菜箸をつまみ、無の表情で次を待った。続いて富士彦ふじひこが、余裕の眼差しで左手を伸ばし、三本のうちの一本をつまんだ。

 どちらも未来が取ろうとしていた菜箸ではなかった。黒いインクで塗りつぶされた悪魔の菜箸を引くのは、自分か杏か――と確信した。

 人生最大の選択なのだから、何分迷ってもおかしくはない。が、すくんだ様子が露呈してしまうのもしゃくである。愛佳と富士彦だって、菜箸をつまんだまま待ちぼうけを食らうのは耐え難いに決まっている。

「ははっ……」

「引かないのかい?」

 一分前の記憶すら曖昧で、杏となにを言い争っていたかさえ思い出せず、未来は失笑した。胃から上がってこようとするレーズンパンの酸味が、喉から消えた時、夢遊病のようにふわっと口が動いた。

「当たりを引くのは杏、あんただよ? どうぞ先に選びな」

「ふうん。じゃあ遠慮なく」

 未来のでは、三番目にくじを引いた者が大当たりなのだ。また、言い出しっぺが大当たりを引くという記憶も、頭の片隅に漂っていた。

 単なる願掛けである。

 未来に煽られた杏は、自身に最も近い菜箸を親指と人差し指で軽くつまむと、静止した。最後に未来が、残った菜箸に指を伸ばした。

 怖気づいている気風は、愛佳にも富士彦にも、もちろん杏にもなかった。

「さあ引くよ。せーの――!」



  19


 杏の音頭に合わせ、未来は自問した。

 この世界で、高校生が経験するのは論ずるに足りない行為ばかりではないか?

 友達と喧嘩する。

 流行りの動画で盛り上がる。

 仮病で学校を休む。

 文化祭ではじける。

 食いすぎてゲロを吐く。

 勉強以外に、遊びも後学のひとつだとしても、四月からの数ヶ月間は本業をだいぶ逸脱していた。その結果、とんちんかん極まりないくじ引きをしている。

 入学した当時、から同好会に誘われて心が躍った。高校でも孤立を選ぼうとしていた矢先の出来事だったからだ。けれど、根本を質せば杏の勧誘のお陰でふたりに出会えた。


 それなのに、皮肉にも選択を間違え続け、四人が反目してしまった。

 あくまで夢物語だが、時間の神が現れて『過去へ戻る覚悟があるか?』と誘惑してきたら――

「ひたすら首肯を繰り返すだろうか……」

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