冬はつとめたくない

 富士彦ふじひこは決して、未来みらいを嫌っているわけではない。けれど、コミュニケーションが取りづらい人物には、割と苦手意識がある。

 例えば、

『こんにちは』

 と挨拶しても、

『こんにちは』

 と返してこない人間と、無理に付き合う必要はないと思っているのだ。採食同好会がなければ、未来は『関わらない人種』に分類されていただろう。


 そういう意味では、愛佳あいかには少し違った魅力がある。

 四月、掲示板の前で愛佳に声をかけた理由は純粋な興味だった。

 ヘアゴムで縛った黒髪を背中に垂らし、校則に従うだけの垢抜けない女子中学生とはまるで異なる横顔に、惹きつけられていたのだ。

 中学時代こそ、廊下ですれ違ったり全校集会で目撃したりと、名前と容姿が一致しただけの生徒だったが、今ではよく側で笑っている。

 約束しているわけでもないのに通学の電車でよく顔を合わせる。教室ではノートを見せてくれとせがまれる。第二調理室では慣れない料理に四苦八苦しながらも、真剣に調理器具を握っている。

 クラスメイトたちには、

麩谷ふたに鮎川あゆかわがまたイチャついている』

 なんて、からかわれる。


 昨今、彼女は過食嘔吐を繰り返していると打ち明けてきた。

 その途端、『痩せの大食いクイーン』なんてあざけるような発言を思い出した富士彦は、うつむいて顔を赤らめたあと、一心に詫び入ろうとした。

 彼女の手の甲には、嘔吐を促す際に喉の奥に手を突っこんでできる、吐きダコがなかったので、気づくにいたらなかった――なんて自己弁護は、彼女をからかって良い理由にはならないし、釈明にもならない。

『悪気はなかったんだよね? だったら謝んないで』

 が、それを読んでいたかのように彼女は、真面目な口調で庇ってくれた。


 富士彦は昨今、三人の少女の周囲で渦巻く不穏な空気を察知しつつあった。てんでタイプの違う少女たちには、少なからず影が見え隠れし始めたのだ。

 一見すると怜悧れいりそうだが、実際あの三人は割とポンコツだ。目を離すと、とんでもないことをしでかしそうで――

 もし、平穏へ戻るための非常口があるのならば、ドアノブに手を伸ばしても良い頃合いなのかもしれない。


 残暑は続くが二、三ヶ月もすれば、運ばれてくる風は冬草ふゆくさの匂いを帯び、心身を引きつらせる時季へと移り変わる。

 冬はつとめて――なんて少納言しょうなごんが説いていたけれど、布団から出ずに一日を過ごしていたいと思うのは時代の差だろうか。いや、たぶんせいさんも本当は布団にくるまっていたかったと推測したほうが自然かもしれない。


 そうして、畢生ひっせいさえ操作してしまう運命の曲がり角がやってきた。

 高校生活初めての冬が訪れる前に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る