12 甘味塗れの日

 ケーキが陳列された棚は彩色にみ、さながら宝石が並んだジュエリーケースだ。また、ケーキ以外にもサラダやサンドウィッチなどの軽食も用意されている。とはいえ、多彩なコンテンツに惑わされてはいけない。まずは好物から攻略するのが筋というもの。

 未来みらいは獲物たちと対峙し、チーズケーキとフルーツタルトを皿に捕獲した。ドリンクは無糖のアイスティーをチョイスする。初手の流れに、しくじりはない。心の中で満面のドヤ顔をひけらかしながら、ふと愛佳あいかの皿を覗くと、たった一切れのケーキを確認した。

 ガトーショコラのみ。まるで小食である。大食いを冠する猛者の中でも、愛佳は尻上がりタイプということか。

「愛佳は一個しか取らないの?」

「なんか色合い? まず目についたから取ったの」

 席に戻り、丁寧に手を合わせながら「いただいまーす」と唱え三、四口でケーキを平らげると、愛佳は「やっぱせんなあ」とつぶやいた。右手のフォークを咥えたまま、器用に制止している。

「なんの話?」

 未来は口内に残っていたチーズケーキを嚥下えんげし、軽く返答した。

「いや、採食のこと。ほらぁ、非公式つったじゃん? でもさ、火や調理器具、食材の取り扱いだって、誤った知識を持ちこみゃ大事故になるっしょ。教育者たちが放任するなんて、ちゃんちゃらおかしいなーって」

 至福のスイーツ脳に浸っている最中さなか、愛佳が持ち出した疑点は――案外、現実的だった。けれど未来には、『コレ!』と提示できるような答えがなく、大喜利のような返しも浮かんでこなかった。

情報源ソースはないけど、学校関係者に手を回してるんじゃない?」

 言葉に詰まった挙句、採食同好会のパイプを認知していない未来は、ティーンらしい身勝手な憶測を口にした。

癒着ゆちゃく? なんのために?」

「権力者が、採食で提供される料理に興味を持ってる、とか? 例えば、非合法の料理が出されてて、それらを別室で相伴しょうばんしてる。学校にポツリと設置された非公式の同好会は、恰好の隠れ蓑である。大人たちは欲する物のために我を忘れ、同時に人としての常識を失う。なんてね」

「お得意のホラー? でもさ、そんな珍しいモン作ってたっけ?」

「愛佳? それよりも今は甘い物でしょ。今日は甘味まみれの日なんだから」

 未来は、自ら胡乱うろんなアンサーをちらつかせながらも、愛佳の言及が波状化する前に、皿の上の様子を窺った。これ以上の思考トリップは不毛だと思ったのだ。

「甘味塗れって、なんかエロくない? 体中に塗りたくるってこと?」

「あぁ、それはそれで……興味あるかも」

「みぃちゃんド変態じゃん」

「黙れ。あたし次の取ってくるわ」

 なにより本日の目的は、『甘味塗れ』である。狂ったように糖分で官能を刺激し、浮世の女のように頭の中をお花畑にするのだ。未来がそそくさと席を立つと、ほどなく愛佳が「待ってー!」と、あとをついてきた。


 残り時間四十五分。

 未来は新たな皿を取り、甘美な愉悦に手を伸ばしていった。

 いちごムースにマロンロール。ミルフィーユにショコラブラウニー。

 ご丁寧に、ペアを守りながら。

 愛佳も同様、皿の上にはふたつのケーキ――紅茶シフォンとモンブラン。それらをすぐに平らげると、次は三種のデザートを盛って席に戻り、さあらぬ顔で食べ終えてしまった。両者とも胃に収めたデザートは六つになった。


 残り時間三十分。

 未来の正念場が見え始めた頃、

「あ、今更なんだけどさ、一緒に同好会入ってくれてありがとね。みぃちゃん、絶対ムリだと思ってたから余計に嬉しくって」

 愛佳は、甘い物を食べている時よりも印象深い表情で、目を細めた。

 数ヶ月前、第二調理室に招かれた一年生はもれなく入会した。愛佳に強制入会させられた富士彦はともかく、難色を見せていた未来も入会に至ったのだ。

 なんてことはない。昨今の若者に馴染めず、クラスで倦怠けんたいを覚えていたところに声をかけてくれたのためにも、少しくらいは体を張ろうという意図である。

「いやいや、お礼なんて別に。むしろこっちが……」

 とはいえ今は、満腹感により会話する余裕がどんどんなくなっていた。ひとまずレモンソルベで舌と胃を誤魔化したが、入店時に未来に宿っていた喜色は消えている。

 一方、相方のペースは崩れなかった。

 席を立ち、ケーキを持ってきたかと思うと、座るや否やもう胃へと流しこんでいるのだ。加えて、皿の上に捕獲する量が増え続けるという怪奇現象まで起きている。

「あんたの胃袋は宇宙か……」

「な、なんの話?」

 先ほど目前で、四個のケーキが消え去った。ということは、次は五個のケーキを持ってくる気だろうか。

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