第7話 美冬の選択

 マーズチルドレン……環境維持プラント〝アイオリス〟を制御する量子コンピューターの中核部分に設置される人型有機コンピューター。


 それは何体も製造された。

 正確な数は不明。


 耐用年数は300年と言われている。しかし、これはコンピューターとして使用できる有効年数であり、マーズチルドレンの寿命とは一致しない。現状、マーズチルドレンが寿命を終え死亡したとの報告はない。


 人類の遺伝子を用いて創造されたヒトのような、ヒトではないモノ。肉体の部分的な破損は数時間で再生・治癒する。


 細菌やウィルスに感染することはあっても、強力な免疫機能を持ち発症することは稀である。


 外見上はある一定の年齢で固定化され、見た目の年齢はそれ以降変化しない。どの年齢で固定されるかは個人差がある。

 開発者は日本人であったため、マーズチルドレンは日本人の遺伝子をベースとしている。そのため、外観は日本人そのものである。


 そうか。

 そうだった。


 私自身、テラフォーミングに深くかかわってきた一人だった。最初期に創造されたマーズチルドレン。外見は50代で固定され、既に500年ほどの年月を経ていた。

 何故、記憶を失ってしまったのだろうか。火星の辺境で教会の教主をしているなどとても信じられない。


「教主様、教主様」


 美冬の声がする。

 どうしたのだろう。私は朝寝坊などしたことはないはずだが。


 体を揺さぶられる。

 目を開いた。しかし、左まぶたが突っ張っていて何故だか開くことができないし鈍い痛みも感じる。目の前には涙を流しながら私を見つめている美冬がいた。出血でもしたのだろうか、彼女の衣類は赤黒く変色していた。


「教主様、気が付いた」


 美冬は私の胸に顔を埋め泣いている……。

 記憶が鮮明に蘇った。


 そうだ。あの連邦保安官を名乗る男、ジャーニーに左目を撃ち抜かれたのだ。美冬も撃たれたはず。


「美冬。大丈夫かい?」


 私は体を起こして美冬を見つめる。両目を右手で拭いながら美冬は頷く。


「私は大丈夫です。ブラスターは全て急所を外れてましたから。教主様の方こそ頭部を撃ち抜かれたので心配していました」

「左目はまだ見えないが大丈夫なようだ。私もすっかり忘れていたよ。私自身がマーズチルドレンだったという事を」

「私もです。どうして記憶がなくなってたんですかね」


 美冬はニコニコしながら首をかしげている。


「あの傷が回復する過程で色々思い出しちゃったんです。教主様も?」

「そうだね。色々と思い出したよ。私は最初期に製造されたマーズチルドレンだったよ。誕生してから既に500年以上経過している計算になるね」

「へえ~そうなんですね。私は……その辺よく思い出せなかった。もしかして教主様と同い年かも?」

「ふむ。それは困るね。私の方が年長だと思っていたからあれこれと指図してきたのだが、同い年となるといささか気まずいものがあるね」

「そんなことはありませんわ。これからも今まで通りでお願いいたします」


 ペコリと頭を下げる美冬だった。マーズチルドレンである記憶が蘇ったことで、以前より明るく振舞えるようになったようだ。


「ところで美冬、これからどうする?」

「そうですわね……」


 腕組みをしながら少し首をかしげる美冬。

 そして私の事をじっと見つめてきた。


「あの、似非えせ保安官はとっちめてやります。そして、絶対に秋人君には手を出させない」

「その意見は肯定するけど、方法は?」

「アイオリス内には保守作業用のアンドロイドやドローンがたくさんいます。それを利用することができれば」

「なるほど。しかし、現地に到着してみないと何とも言えないな。私も過去あの場所にいたはずなのだが、そのあたりの記憶は全くないのだ」


 私たちが話していると、金属製の家事支援アンドロイドが近寄ってきた。


「私は家事支援アンドロイドのリリアと申します。只今、緊急回線により保安センターと交信を試みておりますが接続できません」

「なるほど。奴らこの町ごと潰す気だったのか」

「医療センターとも不通です。町は孤立しています。傷の処置を開始いたしますか?」

「頼むよ」


 アンドロイドのリリアが左目の傷にガーゼを当て頭部に包帯を巻いていく。私の処置が終わった後、リリアは美冬の傷も処置しようとするのだが美冬は丁寧にそれを断った。


「私は大丈夫。傷はもう塞がりました」


 そう言って腹部を見せる美冬。美冬の言う通り傷口は消え赤く腫れた痕が残るのみだった。


「早速、出かけよう。ところでリリア。アイオリスへ行く鉄道へ案内を頼めるかな」

「もちろんです。ランカさん!」


 リリアの声に反応したドローンがふわふわと飛んできた。

 白く柔らかい胴体に触手のような足が何本も伸びている。このクラゲのようなドローンの名はランカと言うらしい。


「ランカちゃん。よろしくね」

「ピーピー」


 美冬の呼びかけにクルクルと回りながら返事をするドローン。

 私たちは藤堂家にあった防寒具を身に着け、ランカの案内で氷床下の鉄道へと向かう。


 先ほどまで広がっていた青空は既に厚い雲に覆われていた。そして再び雪が降り始めていた。

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