第48話 沿岸警備隊出動

 すぐに動かなくてはいけない。私は焦る気持ちを抑え、治安維持隊の最寄り施設を探した。


 あった。そこは通称〝沿岸警備隊〟と呼ばれている。正式名は、火星連邦宇宙軍陸戦隊アケローン地底湖警備班となっていた。しかし、事務員を含めた総勢が10名たらずのごく小規模な編成で、小型車両と警備艇を装備している部隊だ。


 そもそも治安維持隊とは、武装勢力に対する効力を期待して設置されているはずだ。その治安維持隊が、この閉じた地底湖で何を警備するのだろうか。普通に考えて、こんな場所に配置するなんて考えられない。通常なら市街地中心部か外部に通じるゲート付近に配置すべきだ。しかもこの名称。沿岸警備隊とか……地底湖に武装勢力が侵攻してくるはずがないではないか。


 しかしこの、あり得ない位置に配置されている治安維持部隊が、あの連中に対して即時行動するはずだと感じた。ならば取るべき手段は一つ。私は携帯端末を操作し、そのコールナンバーをプッシュした。


「はい。沿岸警備隊の睦月むつきです。出前のどんぶりは裏口ですよ」


 電話に出た人は睦月と名乗った。これは……睦月悌むつきてい少尉。情報では火星連邦宇宙軍のモビルフォースパイロットとなっているんだけど、どうしてそんな技量を持ってる人がこんな場所にいるのか理解できない。何かヘマしちゃって左遷でもされたのか……?


「すみませんが出前とは関係ありません。湖畔の空き倉庫に武装した装甲車が隠れています。機関砲で武装した車両です。車内には大量の武器弾薬を載せています。先刻、マリネリス市街を襲ったテロリストです」

「君は誰だい? どうしてその情報を知っている?」

「ノエルと言います。私、先ほどマリネリスから避難してきました。宿泊中の旅館の、裏手にある倉庫に装甲車を見つけちゃったんです。番地はKCの556」

「その旅館って雪灯りだね」

「はい、そうです」

「わかった。直ぐに小隊を向かわせる。後で事情を聞かせてもらうよ。危険だから部屋から出ないように」

「わかりました」


 私は沿岸警備隊の駐屯所のカメラ映像を表示した。

 内部の音声もできるだけ拾う。


西方にしかた隊長は? もうマリネリスに?」

「マリネリス市内がテロリストの巣窟だからって。あそこ、警察も治安維持隊も撤収してるっしょ」

「ああ、それで戦車引き連れて出て行ったんだ……って全部かよ」

「ですね。とは言っても、MBT4両しかいないんですけど」

「あれ? じゃあ戦車いないの? 装甲車相手なのに」

「しゃーないっすよ。バズーカ持ってバギーで出ます。班長は?」

「俺は二輪のスパーダで出る。って、おい。二人かよ」

「本日の勤務は班長以下四名。その内の一人はバイトの慧子ちゃんです。今、昼休憩っすけど……帰って来ないんすよ。風呂にでも入ってるんすかね」

「電話番はAI任せか。気をつけろよ」

「了解」


 オフロードタイプの二輪車に跨った隊員がいち早く飛び出した。その後に続いたのが、オープンタイプのバギーだ。対装甲車用の重火器を抱えた隊員が二名、乗り込んで走り出すのが見えた。これで沿岸警備隊は動いた。次だ。


 私はアケローン地底湖漁業協同組合に電話を掛けた。理事長の直通電話だ。


「はい、奥出おくで

「組合の職員が不審人物に襲われたわ。番地はKCの377。すぐに救助を」

「何だって? あんたは誰だ? 何故警察に通報しない?」

「貴方が頼りになるからよ。早く現場へ」


 直ぐに電話を切った。

 奥出一朗太おくでいちろうた。アケローン地底湖漁業協同組合理事長。元軍人の彼がどう行動するのか、私は注視した。彼は古風な自転車をこぎつつ、漁業協同組合の事務所裏から飛び出した。そして、ギーギーと異音を響かせながら、整備不良らしきその自転車を必死にこいで走る。しかし、奥出はすぐに自転車を捨て、全力で走り始めた。そして漁協職員が殺されたであろうあの倉庫へと入って行った。

 私はその様子を確認した。録画していた監視カメラの映像を編集し、アケローン市長の貴宮零士たかみやれいじに送り付ける。彼は市長であると同時に警察のトップでもある。殺人事件ならアケローン警察隊は必ず動くはずだ。


 騒々しい排気音を響かせ、オフロードタイプのオートバイが空き倉庫へと到着した。CO₂排出規制のない火星ならではの内燃機関搭載車だ。今時地球では、こんな車両はおおっぴらに走れないらしい。

 続いて四輪バギーが到着した。その瞬間、倉庫のシャッターが穴だらけになり、同時にバギーのタイヤもパンクした。倉庫内から機関砲で撃たれたらしい。乗っていた隊員はバギーから飛び降り、左右に散った。


 そしてシャッターを突き破り、倉庫の中から装甲車が飛び出してきた。大きい六つのタイヤが厳つい印象を与える車体。PRA(環太平洋同盟)機動攻撃軍のAM25装甲装輪車は車体前部から突き出た機関砲を射撃しながらそ急加速をした。

 まるでスポーツカーのような俊敏な加速を見せた装甲車。その背を沿岸警備隊の二人がアサルトライフルで射撃するのだが、装甲車は脇道へ入って姿が見えなくなる。


「動かせるか?」

「問題ありません」


 睦月班長の言葉に隊員二人が答えている。彼らが機器を操作すると、しぼんでいたタイヤが一気に膨らんだ。あれは圧縮空気と樹脂を充填して応急修理したんだ。


「すぐに追え!」

「了解」


 隊員二人が乗り込んだバギーは急発進し装甲車の後を追う。睦月班長は携えていたアサルトライフルに銃剣を装着し、ニヤリと笑った。

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