第18話 敗北と再起

「加賀さん。加賀晴彦かがはるひこさん」


 体を揺さぶられている。胸と腹に焼けるような痛みを感じる。私は一体どうしたのだろうか。

 目を開くと、そこには半裸のアンドロイドがいた。非常に官能的な体つきをしていて片側の乳房が露出していた。彼女には見覚えがあった。藤堂家で出会った家事支援アンドロイドのみゆきだ。


「良かった。加賀さんは意識を取り戻しました」


 みゆきが後ろを振り返る。

 体を起こしてその方向を見つめると、仰向けに寝ているハルカの傍で、ヴェーダと美冬が彼女の応急手当を行っていた。顔に呼吸器を装着している。


 そうだった。例の賊二人組と戦い敗北したのだ。ハルカは光剣で心臓を貫かれ、私も機関銃で撃たれた。


「ハルカさんは?」

「危険な状態ですが、何とか蘇生できました」

「意識はまだ回復してません」


 私の問いにヴェーダと美冬が応えてくれた。

 辺りを見回すと、倒れたままの人がいた。藤堂秀樹だった。


「亡くなったのか?」


 美冬が力なく頷いた。


「残念ながら、私が到着した時には既に心肺停止状態でした」


 ヴェーダが目を点滅させながら応えた。


「あいつらはどうした?」

「秋人さんを連れて行きました。あんな兵器を持ち込んでなければどうにかなったのに」

「こちらの情報もかなり漏れていたようです。私は空間駆動戦車で駆け付けたのですが、ああ、そこで残骸になっている黒いのですけれども、この車両は狭い屋内戦闘用に、磁力線を用いた浮遊装置で駆動する戦車なのですが、おかげで施設内の通路を自由自在に動き回れる優れた機能持っているわけですけれども、戦車と言っても見た目は、そうですね、イモムシっぽい形状なんですね。狭い通路を移動する際は体の節を伸ばして蛇のようにくねくねと移動でき、戦闘時はその節を縮めてイモムシ状態になって防御力をアップするんです。前面の装甲だけなら至近距離で120ミリ滑腔砲を撃たれても十分に耐える強固な防御力を誇っているんですけれども、曲がり角で磁力線を切られて停止したところ、つまり、胴体が伸び切ってしまった脆弱な側面を狙われて敢え無く撃破されてしまったんです。面目ないです」


 こんな時でもうんちくを披露するヴェーダだったが、なるほど、敵側はこのアイオリスの防御システムを把握した上で、十分に対策をしていた訳だ。


「あらら。一足遅かったわね」


 誰もいない空間から女性の声が聞こえる。この声は聞き覚えがあった。あの銀狐の獣人、マリーの声だ。


「そのようですね……って、うわぁ! そこら辺り血の海ですよ!」


 今度は鳥頭のジュリーの声だ。

 二人は光学迷彩を解く。銀色の毛並みが美しいグラマー美女と白い羽毛と赤い鶏冠とさかの獣人が姿を現した。その異形の姿を目の当たりにしたヴェーダが目を点滅させながらひっくり返ってしまった。


「あ、貴方たちは誰ですか? 何をしにここへ? って、何も探知できてないのに、何でここまで入り込めたんですか?? 一体どうなっているんですか??」


 ヴェーダは完全にパニックを起こしていた。

 マリーは胸とお尻をふるふると振りながらヴェーダに近寄り、そして彼を抱き起す。


「そんなに驚かなくてもいいんじゃないの? あなたの容姿だって、相当変よ」

「変ですか?」


 目を点滅させつつ首を傾げるヴェーダ。そしてマリーが続ける。


「だって、金属製の体って、変じゃないの?」

「……言われてみれば、そうですね。てへっ!」

「あら可愛いわね!」


 マリーはヴェーダを思いっきり抱きしめた。彼女の豊満な胸に埋まってしまったヴェーダは、目を真っ赤にして点滅させつつジタバタともがいている。


「あの、マリーさん」

「なあに。教主様」

「貴方たちの目的はマーズチルドレンの特殊能力のデータだったんですよね。つまり、藤堂秋人とうどうあきと君の能力、霊力子操作能力のデータ」

 

 マリーはヴェーダを胸に抱いたままの姿勢で頷いた。


「そうね。第一の目的はそれ。第二の目的は、マーズチルドレンの遺産を探す事ね」

「探すというか、それが流出していないかどうかの確認ですよ」


 鳥頭のジュリーが情報を追加する。

 

「遺産が流出していないかどうかの確認ですか? それはもしかして、マーズチルドレンに関わる技術が貴方たちに由来しているという事でしょうか?」

「そうなりますね」


 私はここでハルカの言葉を思い出した。『あなた方ファースト世代が飛び切り優秀だった』と。普通に考えれば、改良されていくだろう次世代型の方が能力的には向上していくはずだ。しかし、事実は異なる。これは、ファースト世代とそれ以降の世代の創造主が違うと考えるなら辻褄が合う。


「私たちは異星人同士の争いには干渉しないの。でもね。あなた方ファースト世代のマーズチルドレンに関しては別です。もし、彼らが貴方と美冬さんを連れ出そうとした場合は実力で阻止しました」


 毅然とした態度で話すマリーだった。しかし、彼女に抱きかかえられたヴェーダの目は光を失い、その手足はピクピクと痙攣していた。


「マリー。その子、ヤバくない?」

「え?」


 マリーは抱きしめていたヴェーダ開放して揺さぶる。あの形式の義体にも酸素が必要なのだろうか、それとも、他の理由で目を回しているのだろうか。数秒、生死の境を彷徨ったかのように意識を失っていたヴェーダが目を覚ました。


「あれ? ここは何処? きれいなお花畑があって、その向こうに小川があって……あれ?」

「ごめんなさいね。大丈夫かな?」

「あ! 大丈夫じゃない。ハルカさんの治療が先です!!」


 状況を把握したのだろう。ヴェーダは飛び上がってハルカの元へと向かう。


 程なく、肩に据え付けられた赤色灯を回転させた、救急隊らしきアンドロイドの集団が駆けつけてきた。ハルカと藤堂秀樹は浮遊するベッドへ乗せられて搬送された。そして私も、その浮遊ベッドへ乗せられる。


「銃創だ。5カ所」

「弾丸は貫通している」

「止血優先。この場で緊急手術を行う」


 何と、医療アンドロイドはこの場で手術することを選択したようだ。マリーはと言うと、私の傍で手術の様子を興味深く覗き込んでいる。そのマリーの手を取り美冬が彼女に話しかけた。


「マリーさん。お願いがあります」

「何でしょう?」

「秋人さんを助けたい。あんな乱暴な人たちに連れて行かれちゃって……」


 目に涙をためて美冬が訴える。しかし、その言葉を鳥頭のジュリーが遮った。


「美冬さん。僕たちは異星人同士の諍いには干渉しないんだ。だから協力はできないんだよ」

「そんな……」


 言葉に詰まった美冬をマリーが抱きしめた。美冬はマリーの胸の中で嗚咽を漏らしている。


「この馬鹿。だからお前はモテないんだよ」

「え? 今、僕がモテるモテないの話じゃないでしょ?」

「そんなだからお前みたいなのを唐変木って言うんだよ。このニブチン野郎」

「……よくわからないけど、男心が傷ついたかもしれない……」

「勝手に傷ついてな」


 マリーは美冬の頭を撫でて落ち着かせている。そして優しい口調で語りかけた。


「美冬ちゃん。私たちはね。確かに異星での争い事には干渉できないんだ。でもね。私たちはトレジャーハンター。つまり、お宝をゲットして欲しいって依頼があれば動く。わかる?」

「?」


 顔を上げた美冬がマリーを見つめた。

 マリーは頷きながら微笑んでいる。


あねさん。異星人と契約しちゃいけないって規定はないけど、文明レベルが開きすぎている異星人とは関わらないってのが僕たちのマナーじゃないか」

「この娘たちとは既に関わっている」

「あ!」


 そういう事か。

 マーズチルドレンの創造にはマリー達の文明が関わっている。それならばこの話にも納得できる。


「マリーさん。私からもお願いだ。秋人君を助けて欲しい」


 私の嘆願にマリーが頷いた。


「オッケェ~。じゃあ契約書交わそうね」

「マリー。船長に確認は?」

「不要。あの船長、女の子を泣かせた奴はぶん殴るよ」

「それは僕?」

「YES」


 鳥頭のジュリーは頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。そしてマリーは腰に両手を当ててケラケラと笑っていた。

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