第51話 突然の侵入者
「アアア……」
アンドロイドのカリーナは声にならない声を上げ、私たちに襲い掛かって来た。信じられないのだが、強制的にAIを支配されたようだ。
ガコン!
音もなく立ち上がったジュリーさんの回し蹴りでカリーナの首はあらぬ方向へと折れ、その華奢なボディは金属製の壁に叩きつけられた。
「こんなところに居やがった。近すぎて気づくのが遅れたよ」
女の声がした。続けて
「つっ! 貴様、何者だ!」
「アンタに名乗る名前なんてないね。貧乳のお姉さん」
本当にびっくりした。あの、ブラスターをかわした体術と湯呑を投げた動作で分かってしまった。
プシュー!
何かのガスが放出される音がした。女が放り投げた円筒形の缶から黄色い気体が噴霧されていた。
催涙ガス?
いや、毒ガスかも?
侵入者の女は既にガスマスクを装着していた。
「コロナ、換気を。CO₂濃度は無視して」
「リョ……リョ……ウ……」
「コロナ、どうしたの?」
「カ……イ……」
別館のAI、コロナも支配されていた。侵入者の仕業だろうか。この気体が毒ガスだったら本当にヤバイ。どうすればいい?
私は咄嗟に、壁に備えてある非常用ドアのレバーを引いた。これは、火災なんかが発生した時のために備え付けられている脱出用の非常口だ。この別館は密閉型で宇宙船みたいな構造だから、各部屋に小さいながらもこんな扉がついているんだ。
バン!
大きな音がした。壁に仕込まれた火薬が爆発し、ドアは屋外へと吹き飛んだ。
私はジュリーさんと一緒に外へと飛び出していた。目の前には生垣があり、その外は海産物の加工場が連なる雑多な地区になる。ここは狭いながらも、日本庭園のような造りになっていた。私は丁度、池に見立ててあるだろう白い砂利の上に立っていた。靴を履いていないので、砂利がチクチクと足の裏を刺激する。
「逃げるよ」
「はい」
ジュリーさんは私をお姫様抱っこして軽々とジャンプした。生垣の高さは2メートル程だったのだけど、助走も無しに私を抱えて飛び越えるなんてどうかしてる。
部屋から出て来たであろうその女が、生垣の向こうからブラスターを乱射してきた。しかし、これはあてずっぽうでオレンジ色のビームが生垣を焦がしているだけだ。ジュリーさんはめちゃくちゃ素早い動きで建物の陰に入った。私を抱えたままで。
「ジュリーさん。身体機能、凄いです。凄すぎます」
私はジュリーさんの身体能力に興奮していた。ジュリーさんは笑いながら頷いて、私を地面に降ろしてくれた。そして二人で低い姿勢を取る。
「僕たちの星はね、重力が凄いんだ。概ね地球の六割増し。火星は地球の四割弱だから、つまり、僕の星は火星と比較すると大体四倍の重力になる。まあ、火星の人と比較したら四倍速で動けるって事」
なるほど、そう言う事だったのか。
星によって重力は違う。ジュリーさんの育った星の重力は火星の四倍。だったら、アイツらの四倍は強いってことかな?
「おいおい。何にてこずっている?」
「先輩らしくないっすね」
「うるさいよ」
不意に別館の生垣が炎に包まれつつバラバラになって四散した。あの女が赤く輝くヒートソードを振り回して道路に出て来た。反対側からは男が二人。あの声には聞き覚えがあった。釣り人に化けた不審者の声。しかし、男二人の体は先刻監視カメラ映像で確認した時よりも二回りも大きく、その顔は金属製だった。
これは金属製のアンドロイド?
しかも、戦闘用?
自律動作しているわけじゃない。これはきっと、戦闘用アンドロイドを遠隔操作している。まさか、精神移植を使っている?
精神移植とは、人を模し自律動作が不可能な義体に人の精神を転写する技術だ。数百年前、あの人型機動兵器トリプルDが活躍していた時代に実用化された技術であり、当時実施されていた小惑星破壊作戦に使用されていたと……そんな記録があったと思う。生還不可能な特攻作戦に義体を使用し、作戦成功時にパイロットの精神を回収したのだという。それはトリプルDと同様に危険な技術だった。移植した意識が戻らない事故が何度も発生した。そしてこの技術はトリプルDと共に凍結されたのだという。
人の精神、即ち魂を何だと思っているんだ。見過ごせない数の廃人を生産する技術なんて凍結されて当たり前だ。
目の前にいるあの、金属製のアンドロイド。恐らく自律動作が不可能な精神移植している義体だ。ジュリーさんは素早い動きでそいつに接近し、右脚を引っかけてそいつを転ばしてしまった。これ、多分柔道の大技〝大外刈り〟だ。金属の塊が地面に叩きつけられる鈍い音が周囲に響き渡った。
ジュリーさんの完全な奇襲だった。ヒートソードを握っていた女も、もう一人の義体も、ジュリーさんの動きに全く反応していない。そしてジュリーさんはもう一人の義体の襟をつかんで女へと向けて投げ飛ばした。この腰を使って投げる技は多分〝体落とし〟だ。義体があの女とぶつかり、二人とも倒れてしまった。
ジュリーさんの圧倒的な身体能力を見せつけられた格好だ。ギシギシと音を立てながら、金属製の義体が立ち上がる。しかし、ジュリーさんは道路の脇にあった空のドラム缶をひょいと抱え、奴らに放り投げた。その後、ジュリーさんは再び私をお姫様抱っこし、颯爽と走り始めた。
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