第87話 飾り窓の奥には
薄暗い通路の両側に、等身大のモニターが設置してあり、そこにはこの風俗店の娼婦の姿が映し出されていた。正面に立つとその娼婦が話しかけてくる。
「あら、可愛いお兄さん。まだお昼なのに私を抱きに来てくれたの?」
東洋系のスリム美女だった。モニターには彼女の名と身長とスリーサイズが浮かび上がってくる。アケミ……78のAカップ……好みのタイプだが今日の目的は別だ。
「綺麗だね。出身は何処? やっぱり地球なの?」
「私はハワイのコナよ。由緒正しい日系移民の子孫なの」
「へえ」
ヨーロッパの娼館を真似ているのだろうか。飾り窓を真似たモニター上で娼婦と会話ができる。そして、セクサロイドであるが人間的な設定プロフィールも用意されている。ここでは非日常的な疑似恋愛を体験できるという訳だ。
俺は彼女に手を振りながら奥へと進んだ。金髪のグラマー美女に小柄なロリ系美少女。黒人の大女。様々なタイプの女性がモニター上から色目を使って誘惑してくる。僕は彼女達に愛想笑いを浮かべながら手を振り、さらに奥へと進んだ。目的はあの少年だ。
一番奥の飾り窓に彼はいた。
「元気かい」
「ええ、とっても。お兄さんは?」
「ちょっとね。だからここに来たんだ。癒してほしくてね」
「そうなんだね。私でお役に立てるなら一生懸命がんばるよ」
身長は142センチ。日本の島根県出身の少年、トモヤ12歳……という設定だ。僕はモニター上の選択のアイコンをタッチした。するとさらに奥の方から一人の栗色の髪の中年女性が歩み寄って来た。贅肉がたっぷりと乗った豊満な体がワインレッドのドレスに包まれている。
「トモヤね。どのコースにするの?」
彼女の端末からホログラムの料金表が空間上に開く。時間とプレイ内容で料金が随分と違っていた。30分の簡易コースなら100ユーロ、2時間の本格的なコースなら500ユーロだ。僕は一番長い三時間のスペシャルコースを選んだ。750ユーロもする。
「あら、三時間コースね。前払いだけどいい?」
「ああ」
彼女は僕の胸のIDカードをスキャンした。チンチンと鐘がなる音が響いて課金が済んだ事を知らせた。
「はい。じゃあ案内するわね。もしよければ延長二時間はサービスしとくわ」
「それは魅力的だな」
「ふふ。こちらよ」
彼女に案内されて僕はさらに廊下を奥へと進んだ。そして小部屋へと通された。中から出迎えてくれたのはあのトモヤだった。
「ご指名いただきありがとうございます。さあ、奥へどうぞ」
彼に案内されて部屋の奥へと進む。細長い造りだったが、トイレやシャワールーム、小型のキッチンもあるワンルームだった。
彼は子供の正装、半ズボンにカッターシャツ、紺のブレザーを着込んでいた。
「何時もそんな恰好をしてるの」
「お客様を正装で出迎えるのは当然であると認識しています」
「そうなんだ」
「先ずはお茶にしますか? それともシャワーに?」
「じゃあシャワーにしようか」
「では準備しますので少しお待ちください」
彼、トモヤはせっかく着込んでいた衣類を脱ぎ始めた。僕の目の前で。
「客の前で脱ぐの?」
「ええ。そのほうが喜ばれる方が多いので。嫌でしたら他所で脱ぎますが」
「いや、続けて」
「はい」
彼は上着やカッターシャツ、半ズボンなどを丁寧に脱いでいき、ソファーの上に丁寧にたたんでいく。そして僕の服も脱がせてくれた。下着まで。
彼、トモヤに手を引かれてバスルームへと入る。そこでも彼は僕の体を丁寧に洗ってくれた。
「トモヤ。君の体も洗ってあげようか?」
「いえ、事前に洗浄していますので結構です。お客様がどうしてもとおっしゃるなら洗ってください」
「いや、いいよ。さあベッドへ行こうか」
「わかりました」
トモヤに体を拭いてもらい、一緒にベッドへ倒れ込む。彼を背中から抱きしめたまま彼の匂いを嗅いでみた。石鹸と子供の肌の匂いが漂う。大人の匂いとはあからさまに違う香りに少し驚いてしまう。彼はいわゆるセクサロイドだ。性的サービスの為に特化されたアンドロイドなのだが、体臭まで本物そっくりなのは凝り過ぎではなかろうか。しかし、匂いにこだわるマニアも当然いるだろうから、これはむしろ抜かりがないという事なのだろう。
僕はトモヤを抱きしめたまま何もしない。すると、彼の方が焦れて来たのか、もぞもぞと体を動かし始めた。後ろにいる僕の腰回りを優しく撫で始めたのだが、僕はまるで反応しない。
「あの……お客様?」
「僕の事は
「すみません。秋人さんは……どういうプレイがお好みなのですか?」
「君はそのままでいいよ」
「でも、せっかく来られているのに……僕は秋人さんに気持ちよくなって欲しい。手でするのがいいですか? それとも口で?」
「こんな場所に来て、君と裸で抱き合ってるのにね。僕は君の事を性的な対象として見ることができないんだ」
「もしかして
「体が性的に反応する事はあってもそれを快感として受け入れる事が出来ないのさ。女性に対しても男性に対しても」
「もしかして無性欲者なのですか?」
「多分ね。恐らく恋愛感情はあるんだ。でも性的な欲求は無い」
「なら、お相手するのは私で良かったのですか?」
「いいよ。女性相手だと失礼だと思う。美女のプライドを傷つけちゃうんじゃないかと」
「現実の女性であればそうかもしれませんが、ここならそういう事は遠慮されなくてもいいんですよ」
「いや、だから男の子の君、トモヤの方が気を使わなくていいんだ。誰かを抱いて体温を感じて、そして安らかな気持ちになりたかったんだ」
「そうなんですね。じゃあ僕は何をすれば?」
「何もしなくていい。僕と普通におしゃべりしてくれればそれで」
「わかりました」
納得してくれたようだ。
このセクサロイドは綾瀬重工製で最高品質を誇る高級品だ。中身は高品質なAIを搭載していて、ある意味、一般人よりも相手の真意を悟ってより効果的な会話ができる。
恐らくこれで、トモヤの警戒心は溶けたはずだ。今から僕は、僕の持っている特殊能力を存分に使う。その能力とは〝霊力子操作〟だ。
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