第86話 娯楽エリアのあれこれ

「そう辛気な顔をするなよ。ある程度の自由があると言っただろう?」

「僕を確実に殺せる手段があるから?」

「まあそうなんだが、お前もわかっているだろう。貴重な実験素材なんだから大事に扱うんだよ」

「これで大事ね」

「文句を言うな。自由があるんだ」


 アザミの言葉にもある程度の説得力はある。確かに、囚人と比較すれば自由な部分はあるが、それでも不自由な事に変わりはない。何せ、爆弾が仕込まれた首輪をつけられているから理不尽極まりない。


「こんな自由は嬉しくないね」

「ふん。売店では自由に買い物ができるし食堂だって旨い物を食わせる。それにな。娯楽エリアもあって映画は見放題だぞ」

「映画か」

「それにカジノと風俗店もある」


 風俗店だと?

 流石にこれは信じがたい。


「性風俗店まであるのか? 何故そんなものがこの施設にあるんだ?」

「ここはまあ、機密保持が厳しくてな。一旦中に入ると半年は出られないんだ」

「半年も? 正規の職員が?」

「そう。だから余計な性犯罪を起こさぬように、性欲処理が必要なら性風俗店の利用が推奨されている」

「そうなんだ。ここは陸の孤島のような環境なのか」

「そうだな。興味があるのか」

「まあね」

「可愛い顔して隅に置けんな」


 アザミはニヤニヤしながら僕のおでこをつついた。僕が性風俗店に興味を示したことが意外だったらしい。


「後で覗いてみようか」

「いいの?」

「もちろん。お前の予定は明日からになっているから、今日はゆっくりしろって事さ。しかし、お前が風俗に興味があるとは……くくくっ」


 ニヤニヤしながら、アザミが携帯端末をいじっている。すると部屋の壁に設置されている40インチほどのモニターが点灯し、何かのCMを流し始めた。


「これは?」

「いいから見てみろよ。楽しいぞ」


 ……施設内に入っている風俗店〝危ない果実〟のイメージビデオだった。うたい文句は「あなたの夢を叶えるセクサロイド」だった。


 これを見て理解できた。機密の漏洩に対して非常に厳しい施設であるなら、一般的な風俗嬢が入ることなど不可能だ。セクサロイド、つまり、性的サービスを専門に行うアンドロイド使用するなら安全なのだろう。


 CMは様々な看板嬢を順に紹介していく。一般的な美女、そして幼女から熟女、痩せからデブ、少年からヒゲのオッサンまで……各種取り揃えてあるらしい。


「男のセクサロイドもいるんですね?」

「そうだな。男同士、同性愛にも攻めと受けの両方に対応している」

「そして女の人も利用する……」

「女性客もいるからな。希望すればホスト的にもてなしてくれるらしいぞ。そして当たり前の事だが、サービスしてくれるのは全てセクサロイドだから、病気や妊娠などの心配はない。機密漏洩の心配もないから日々の鬱憤うっぷんや悩みなど何でも話せる事も人気の要因だな」


 恐らく高度な情報セキュリティの管理下にあるアンドロイドだ。このアンドロイドを通じて、職員の精神状態に関するデータも収集されているのだろう。そしてスパイが潜り込んでいないかどうかのチェックもされているはずだ。


「どのタイプがいい? ほら、このブロンドの巨乳娘なんかどうだ?」


 アザミがモニターを操作し、風俗嬢のカタログを表示した。そして、その中の個別のプロフィールを表示し始めた。


「こっちの小さい娘の方がいいのか? 金髪でツインテ。ロリコンが大好きそうな貧相な体つきだ」

「いや、黒髪で東洋系の方がいい」

「じゃあこっちか? スリム系でストレートのロングヘア」

「いや、右端の彼を見せてくれ」

「彼?」


 アザミが画面を操作してその彼を表示した。東洋系でおかっぱ頭……12歳か13歳程度の少年だった。


「お……お前……そっちの趣味だったのか?」

「アンタには関係ないだろう」

「そうか。女には興味がないと?」

「そうではないけどね。ま、アンタには興味ないよ」

「そりゃどうも。私もスタイルはまあまあイケてると思ってるんだが?」


 自分の胸に下側から手のひらをあてて、形の良さをアピールしているのか。しかし、どんな美女であろうとアザミのような平気で殺人できるような女と深い仲になる気は全くない。


「後で連れて行ってやる。さっさと片付けような」

「そうだね」


 僕たちは途中だった食事を再開し、食べ終わってから表に出た。そしてエレベーターに乗って件の娯楽エリアへと赴いた。


 映画館……は大規模な物ではなく、30名程度のこじんまりした上映室と、個室でVRタイプのヘッドギアを装着して楽しむ3D体験型があった。映像ソフトは客の方で選べるらしい。カジノはセクシーなアンドロイドのディーラーが相手をしてくれる本格的なものだ。つまり、機械が球を投げカードを配るわけだ。


「カジノにも行くか?」

「後でね。先にあの子に会いたいよ」

「おお。後で教えろよ。抱き心地をな」

「アンタは行かないのか?」

「私は飲む」

「昼間から?」

「お前も人の事は言えんだろ」

「まあね」

「そうそう、お前のIDカードに2000ユーロ入ってる。無駄遣いするなよ。で、もう一度念を押しとくが、娯楽エリアと居住エリアは自由だ。外には出れない。勝手に抜け出すと首輪が反応するからな。馬鹿な真似はするなよ」

「わかっているさ」


 2000ユーロ……30万円弱になる。自分の命を握られ、自由を奪われて手に入れたのがこの程度のお金だ。まあいいさ。僕はこのお金を有効に使う。先ずはセクサロイドの娼館だ。


 赤いランプが灯っている薄暗い通路。どうやらそこが目的地らしい。僕は心臓の高鳴りを抑えつつ、ゆっくりとそこへ向かって歩んで行った。

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