第26話 マリネリス市街にて

「どんな罠があるか分からない。注意しろ。それと麻痺銃ショックバスターの使用を許可する。ただし、自衛目的以外での使用は控えろ」

「了解」


 ストライクは地上へと浮上した。

 マリーさん達は顔面に呼吸器を装着してから雪の上を走っていく。すぐに光学迷彩を使用したのか姿が見えなくなった。


 私はマリネリスの町はずれに、この町の人が所有していない雪上車を発見した。六輪の装輪装甲車で白く塗装されていた。屋根の部分に機関砲のような物が装備してある軍用の車両だったが、所属を示すマークや標識は付いていなかった。

 その車両の中を捜索する。

 熱源、および生体反応はなかった。連中はまだ、車両に乗り込んでいない。


 捜索範囲を街の中へと広げていく。


 見つけた。

 赤外線の画像なので輪郭を捉えただけなのだが、それは大柄な地球人二名と秋人さんだった。体表からの熱放射が多く、既に宇宙服は脱いでいるようだ。


 彼らは一直線に雪上車へと向かわず、何故か町の中へと入って行った。その向かう先はマリネリス火星教教会だった。


「マリーさん。彼らは町の中央にある教会へと向かっています。雪上車は反対側、町の東端です。今、情報を送りました」

「ありがとう。位置の確認ができたわ。何をするつもりかしら」


 私はメインモニターをマリーさんからの映像へと切り替える。右側のサブモニターには平面図、左側のサブモニターには外に出ている三人のバイタルデータを表示した。三人とも異常数値は出ておらず、至って平静だった。


「副長は雪上車の確保。マリーと鳥頭は奴らを追え。何かあった場合は強硬手段を取れ。住民の安全が第一だ」

「了解」


 ゲルグさんが応答した。一人だけ雪上車の方へ向かう。


「何をするの。やめてよ」

「うるせえ。てめえは黙ってろ」


 教会の扉を無理やりこじ開けた奴らに秋人さんが抵抗するのだが、容赦なく殴り倒された。中から出てきたのは銀色の髪をした小柄な少女、ノエルだった。


「申し訳ありませんが教主様は不在です。只今、当教会の参拝はできません」


 生真面目なノエルらしく、ドアを破った乱暴者に対しても丁寧な対応をしていた。


「そんな事はいいから早く逃げなさい」


 私は思わずそう叫んでいたのだけれど、私の声はノエルに届かない。

 確かヒョウガと呼ばれてた大柄な男がノエルの口を押えて首に何かワイヤーを巻く。そのワイヤーをドアの取っ手に固定した。


「姿は見えねえが、追ってきているのはわかってる。動くなよ」


 そう言って円筒状の金属をノエルに抱かせる。


「こいつはSマイン、対人地雷ってやつだ。変な事したら爆発するぞ。お前も動くなよ。じっとしてりゃ爆発しねえ」


 ノエルはびくっと身を震わせてからその場にしゃがみ込んだ。

 もう一人、ジャーニーとよばれていた男はドアの近くにいた男の子、最年少のみつるを捕まえて、ワイヤーで巻いていく。そしてそのワイヤーに球状の金属塊、手りゅう弾を三個セットした。

 そして小型のトランクを開いて何か操作した。そのトランクからビーっと警告音が鳴った。


『起爆コードを受領。十五分後に爆発します。大変危険ですので直ぐに退避してください』

 

 トランクから自動で音声が流れた。時限爆弾だ。

 なんて奴らだ。教会に爆弾を仕掛けるなんて。


「副長、緊急事態だ。教会に時限爆弾が仕掛けられた。雪上車は無視。即刻、時限装置を解除しろ。マリーと鳥頭。ワイヤートラップの解除を優先。ヘマをするな!」

「了解」

「わかりました」

「うひゃ! これは緊張するね!」


 ジャーニーは秋人さんを引きずって立たせ、ヒョウガはアサルトライフルを周囲に乱射する。


「時限爆弾はこのリモコンで即時爆発する。俺たちに手を出すなよ」

「早く逃げた方がいいぜ。ははは」


 ジャーニーとヒョウガは笑いながらその場を去っていく。ヒョウガは時折、アサルトライフルを乱射している。彼らは雪上車へと向かっていた。


 ノエルは顔面蒼白で、その場にうずくまっている。充の方は目に涙を貯めながら、必死に泣かないよう耐えていた。


 マリーさんとジュリーさんが光学迷彩を解除して姿を現した。ワイヤートラップの状態を確認している。


「マリー気を付けて。その手りゅう弾、ハンマーのところ故意に破損させてある」

「マジかよ。あちゃ~。これ、下手に触ると爆発するんだ」

「こっちのSマインも、ああ、これ、俺の手に負えない。副長!」


 腹に地雷を抱えて固まっていたノエルだったが、ジュリーさんの鳥頭を見てビックリ仰天したようだ。目を見開いて彼の顔をじっと見つめている。驚いていたのは充も同じで、マリーさんの狐の顔を見て固まっていた。


「お姉さんは美冬の友達、味方だよ。すぐに助けてあげるからじっとしてて」


 充とノエルはマリーさんの言葉にうんうんと頷いている。

 その時、光学迷彩を解除したゲルグさんが姿を現したのだが、その昆虫のような容姿に、ノエルと充は再び驚いて身を震わせていた。


「副長、聞いた通りだ。爆発物の無力化を優先」

「了解」


 船長の言葉に力強く答えるゲルグさんだった。

 彼は元工兵。それならば、爆発物の処理はお手の物なのだろう。


 そうこうしているうちに、ジャーニーとヒョウガは雪上車に乗り込んだ。もちろん、秋人さんも一緒だ。

 エンジンを始動し、直ぐに走り始める。


「エンジン音、および駆動音の採取に成功。データ照合。機動攻撃軍のAM25装甲装輪車です。最高速度は時速120キロメートル。火星なら160キロ出せます」

「再び吹雪いて来た。このままじゃ逃げられるな」


 カーマイン船長が渋い表情で腕組みをしている。

 爆弾を解除するまではマリーさん達は動けない。ストライクは彼女達を待つ必要がある。今動けるのは私しかいない。


「カーマイン船長。ちょっといいですか」

「何でしょう。美冬さん」

「何か、小型の車両か航空機がありませんか? 私が雪上車を追跡します」


 カーマイン船長は腕組みをしながらしばし目を瞑っていた。

 おもむろに目を見開いてから、私に語りかけてくる。


「それでは、〝オルレアン〟を任せましょう。多分、あなたなら問題なく動かせます」

「オルレアン?」

「ええ。美しき乙女の姿をしている人型機動ロボット兵器です。貴女にお似合いだと思いますよ」


 カーマイン船長は席を立ち私を手招きする。

 私も席を立ち彼に続いた。


 ブリッジを出て格納庫へと向かう。

 そこには一機の人型機動ロボット兵器が仰向けに横たわっていた。このストライクに乗り込んだ際、ちらりと見たあのロボット。

 全長は10メートルほど。純白のボディに朱色のストライプが美しい機体だった。

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