第55話 着ぐるみタクシーを追え

 深紅の全翼機トモエはゆっくりと南へと向かっている。再び雪が降り始めている。天候は更に悪化しそうな雰囲気だ。今のところ風は殆どないのだが、視界を覆う程の雪が降り始めている。


 天候予想をみると大型の低気圧が接近している。後二時間ほどで暴風域に巻き込まれる。降雪量も多く、猛吹雪となる予想だった。予想される最大風速50メートル以上。航空機は飛べないだろう。


「ジュリーさん。大型の低気圧が接近中です。後二時間で暴風域に入ります」

「そうなんだ。ま、任せといて」

「えっと、最大風速は50メートルですよ?」

「その程度なら気にしなくて大丈夫。トモエちゃんは暴風の中でもちゃんと飛べるから」

「え? そうなの?」

『風速70メートルまでは許容範囲です』


 トモエのAIミスズの回答だ。この機体は重力制御によって空力を調整し推進としているんだった。なら多少の暴風でも平気って事か。でも、不安は残る。


 高度1500メートルを低速で飛行している。トモエの赤外線カメラは、前方1500メートル地点を走行している目標を正確にとらえていた。


 白と青のツートンカラーの車体に動物のイラストが描かれている。コアラとトドだろうか。ボンネット部分に大きく描かれたこの可愛いイラストはかなり目立つ。そして、メタン燃料の内燃機関を搭載しているので、発散する熱量が多く赤外線の放射量は周囲よりもケタ違いに多い。つまり追跡は楽って事。


 後は、警察か治安維持隊に追いついて欲しい。なるべく早く。そう思って、この着ぐるみタクシーの情報をリークした。赤外線画像と位置情報を治安維持隊とアケローン市長の元へと送る。


『後方5000メートル。警察車両が接近中です。光学迷彩を展開しますか?』

「ミスズちゃん、やっちゃって」

『了解しました』


 トモエの機体がぼんやりと光った。これで機体は見えなくなったはずだ。結構な雪と相まってトモエを見つけることは難しいだろう。

 警察の車両に気づいたのか、着ぐるみタクシーも速度を上げた。大柄なSUV車。当然四輪駆動だろう。氷り付いた大地を軽快に走破している。着ぐるみタクシーと警察車両の速度差はあまりなく、相対距離は約5000メートルで縮まらない。


「ノエルちゃん。着ぐるみタクシーは結構早いね。この荒れ地を警察車両と同じ速度で走ってる」

「そうみたいです。市街地はともかく、この凍った荒れ地をこんな速度で走ってるなんて普通じゃない」

「だよね。あのタクシー、犯罪者逃亡に一役買ってるのかな」

「噂では。お金次第で本当にどこにでも運んでくれるんです」

「お客さん、どちら迄? へい、ガニメデまでなら500万ですぜ! みたいなの?」

「そうかもしれません。その場合は何処かで小型の宇宙船に乗り換えるんでしょうけど。でも、宇宙港を経由しないで火星の外に出れるなんて、警察としては困ると思います」

「だよね。で、どうするの。トモエで進路妨害とかしちゃう?」


 それも一つの手。でも、それじゃあ人類にとって未知の技術で飛行する機体を晒してしまう事になる。


「それは最後の手段としましょう。とりあえず、タクシーの運転手さんとコンタクトを取ってみます」

「できるの?」

「多分……大丈夫」


 私はあのタクシー車両に接続しAIを支配できないか試してみることにした。しかし、AIを乗っ取るには時間がかかる。先ずは殺人犯の逃亡ほう助は止めて欲しいとメッセージを送った。すると、直ぐに返事が来たのだ。しかも、運転手からだ。


『殺人犯だって? それは本当か?』


 これにはびっくりしたが、アケローン地下都市での犯行を大まかにまとめて知らせた。地底湖漁業協同組合の職員さんと支柱エレベーターの職員さんが数名。他にも余罪はあるだろうと。


『わかった。知らせてくれてありがとう。感謝するぜ』


 そう応答してから、あのタクシー車両は走行コースを変更した。速度を緩めず、大きな弧を描くように旋回した。


「あれ? あのタクシー、Uターンしたよ」

「雪で視界が悪すぎるから、乗ってる人は気づかないのかも」

「巧妙だねえ。小さい丘を避けるような動きでちゃっかり逆方向に向かってる」


 何と、あの犯罪者逃亡御用達と言われている着ぐるみタクシーが、警察の味方だったなんて信じられない。


「止まった。警察に囲まれたぞ」

「そうね。よかった」


 白と青、ツートンカラーの着ぐるみタクシーの周りを、グレーのパトカーが取り囲んだ。黒のボディーアーマーを身に着けている警官は五名。それぞれが拳銃を抜いて構えた。音声が拾えるかどうか。


「投降しろ」

「人質を解放しろ」


 当然のように投降を呼びかけている。先ず降りて来たのは、トドの姿の運転手さんだった。


「俺はただの運転手だ。用があるのはあいつらだろ?」


 運転手の言葉に警官は頷いていた。


「さっさと降りてこい。人質を解放するんだ」


 警官も高圧的な態度を崩さない。連中が何をやっていたのかよく知っているからだろう。あいつらが素直に投降するのか。もしかしてここで撃ち合いになるかもしれない。


 そんな心配をしていると、車から男が二人と手錠を掛けられた秋人さんが降りて来た。両手を上げて恭順の意思を示している。


「この裏切り者が!」


 ケイトと呼ばれた若い男が唾を吐きながら叫んだ。もちろん、あのトドの着ぐるみを着た運転手にだ。


「俺はな。殺しだけは絶対に許さねえ」


 そういった運転手さんはとてもカッコよかった。姿はトドなんだけど。


 犯人二名と秋人さんは警察車両に乗せられてアケローン地下都市へと向かう。


「私たちも戻りましょう。秋人さんを迎えに行かなくちゃいけないし、睦月さんにも挨拶しなきゃ」

「そうだね」


 トモエは穏やかなカーブを描きつつ、Uターンをした。風が強くなり、もう猛吹雪と言っていい位になっていた。でも、私の心はとても晴れやかだった。

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