第93話 士郎とダニー

 士郎が落胆しているのが手に取るようにわかった。本当にがっかりしている。


 古の能力者は山をも動かし海を切り裂いて道を作ったらしい。彼は僕に、そんな図抜けた能力を期待していたのだろうか。巨大な怪獣が暴れて街を破壊するように、僕がこの研究所を破壊して囚われた彼らを開放するとでも思っていたのか。

 残念ながら僕にはそんな力はない。閉じたエレベーターのドアを開いたり、人では持ち上げられない瓦礫を動かしたり、そんな程度の力しかないのだ。


 僕は黙ってスクリーンを見つめている。今はちょうど、火星上での空戦シーンだった。まるでトンボのような四枚羽根の機体と、ブーメラン型の無尾翼機のドッグファイトだ。主人公がドラゴンフライと呼んでいる敵の機体の方が運動性が高く、主人公の無尾翼機、サンダーボルトが苦戦していた。急降下から超低空飛行へと切り替えた主人公の機転で、サンダーボルトは赤い砂塵を巻き上げる。その砂塵に突っ込んだドラゴンフライは急に鈍くなった。砂塵を被る程度で運動性が悪化したドラゴンフライは、主人公にあっさりと撃ち落とされた。


 手に汗握る緊迫した戦闘シーンだったのだが、士郎が僕の右手に触れて来た。僕も彼の左手を握ってやった。実験材料にされ、先の見通せないこの環境下で不安になるのも無理はない。そう考えた時に一抹の不安が心をよぎる。それは士郎の能力の事だ。


 彼は何がしかのはESP(Extra Sensory Perception 超感覚的知覚)能力者である事は間違いない。それは恐らく未来視(Foresight)か未来予知(Precognition)だと思う。


「君はどんな能力を持っているの? スロットマシンの大当たりを引き出したようだけど」

「あはは。ご存知だったんですね。ダニーさんに言われて、少しだけ儲かるような出目を探すんです。専門的にはフォーサイト、未来視と言われています。僕の場合はそんなに先の事は見えなくて、精々一時間か二時間くらい。でも、複数の未来が見えるんです」

「複数の未来だって?」

「ええ」

「未来は一つじゃないのか?」

「嫌だなあ、秋人さん。未来って、複数の可能性の中から一つだけが現出してるんですよ」

「理屈の上ではそうだろうが、可能性が幾つあっても結果は一つだけなのでは」

「そうです。結果は一つだけ。でも、可能性は幾つもあります。その例が先ほどのスロットマシンです」

「どういうこと?」

「秋人さんにはいくつかの選択肢があって、秋人さんがどれを選ぶかで未来は決定します。秋人さんの選択の積み重ねが秋人さんの未来を決定しているのです」

「それはそうだけど」

「僕には秋人さんの選択肢が見えるんです。正確に言うと、お昼ごはんにお寿司を食べた秋人さんと、パスタを食べた秋人さんの両方が見える。でも、お昼に何を食べたかなんてその先の未来に影響するとは思えません。せいぜい、お腹が痛くなったりならなかったり程度でしょう」

「そうだね」

「でも、ギャンブルならどうでしょうか? 先ほど秋人さんはスロットマシンに座りましたね。どの台にするか、そこで選択肢が発生します」

「確かに。少しは考えたよ。それで一番近い席に座った」

「あの台で続けた場合、当たりは出ずにメダルはすべて吸い込まれました」

「そうなんだ」

「ダニーさんに声を掛けられて移動した台は、BARの小さい方の大当たりが出ましたよね」

「うん」

「あの時、僕には秋人さんの無数の選択肢が見えていたんです」

「無数の?」

「まあ、無数って言うのは少し大げさかもしれませんが、ぱっと見て数え切れない数って事です」

「そうか。台を選ぶところからメダルの投入枚数まで含めると、膨大な数のパターンになるよね」

「そうなんです。その中から本当の大当たりじゃなくて小さい方の大当たりが出る選択肢をダニーさんに教えたんです」

「なるほど。でもあの人、メモも見ずにメダル一枚とか三枚とか言ってたよ?」

「ああ、それはあの人もある種の天才なんですよ。記憶力が抜群に良いんです。まるで写真に撮ったように小さな所まではっきりと覚えています。でも、一週間くらいで忘れるみたいですけど」

「それはすごいな」

「でしょ。僕の能力と組み合わせて、ここでは物凄く役立っているみたいです」

「ああ、そうか。リスクの高い選択肢は選ばないからかな」

「そうなんです」


 肯定している士郎の表情は沈んでいるように見える。やはり、この研究所で役に立つって事が心の負担になっているのだろう。話題を変えよう。


「ところで、ダニーさんってどんな人なの?」

「超心理学ではかなり高レベルな学者さんですが」

「が?」

「学問以外ではだらしないです。不潔だし、女性に対しても節操がないらしいです。若い女性だけじゃなくて中年の女性にも子供にも手を出してるって噂だし」

「でも、良くして貰ってるんだろ」

「ええ、そうです。他の研究員は、特に主任のアキレウスさんなんかはもう、僕たちを人間扱いしていない。でもダニーさんは違います」

「それは僕たちにとっては良い事だと思うけど、彼にとってはどうなんだろう。例えば軍との関係とかさ。ここは軍事技術の生物部門なんだろ」

「その観点からは良くない気がします。ダニーさんは孤立してる。研究員としては優秀すぎるんだけど、それが理由で嫉妬されてるみたいだし、日常の態度も悪すぎるし、上席に対しても横柄だし」

「何となくわかるよ。平日の午後にカジノで遊んでいるし、知己の女性を捕まえてさっさとベッドインしてるし」

「ええ? カジノはまあいつもの事ですけど、女性まで……しかも秋人さんに見られてるの?」

「堂々とね」


 士郎がクスクスと笑っている。先程、盛んに彼の事をディスっていた士郎なのだが、本心ではかなり慕っているのだろう。ダニエル・ファン・ヴェルクホーフェンという立派な名の男がこの研究所のボトルネックとなっているのかもしれない。士郎には悪いが、彼を使う事で効果的な情報の漏洩が出来ないか検討しようと思う。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る