第20話 改ざんされた記憶

 いくつものホームが並んでいる広大な駅構内。その中央辺りに美冬たち三名が立っていた。


 私たちに気が付いたのだろう。美冬が一生懸命両手を振る。マリーとジュリーも控えめに右手を振っていた。


 その背後、ホームのど真ん中へと何か黒い物体が浮き出てきた。まるで、海洋において潜水艦が浮上するかのようなその状況に、ただひたすら驚愕してしまった。


 黒く、直線的なラインで構成されたその物体は、三角錐をいくつか組み合わせたデルタ翼の戦闘機を思わせるデザインであった。だが旅客機に近い大きなサイズだ。これが恐らく、マリー達の宇宙船であろう。もしそうなら、ジュリーが言っていた〝ストライク〟と〝見せる〟の意味が理解できる。

 どんな理屈なのかは分からないが、地中に潜航する能力を有している船なのだろう。そうであるならその機能は極秘であり、その姿を部外者に見せる事などあり得ない。そんな船の名がストライクだったという事だ。


 どちらかというと平べったい形状のその船は完全に浮き上がり、その下面のハッチが開いた。マリーに手を引かれ、美冬がその船に乗り込む。周囲を警戒しながらその後を追うジュリー。

 船の上部のハッチが開き、その中から一人上半身を出してきた。ヘルメットと呼吸器を装着しているが、かなり青黒い肌をしているところから、彼が魚人の船長なのだろう。彼は私たちを視認すると地球式の敬礼をした。私は深く礼をした。ハルカは軍人らしく敬礼をしていた。


 魚人の船長は船内へと戻り、また、下面のハッチも閉じた。ストライクと言う名であろうその黒い船は、ゆっくりとホームへと潜航していく。ホームと船体の境界はゆらゆらと揺れ動き、虹色に発光している。船体が完全に沈んだ後もその付近の空間は歪んでおり、ゆらゆらと虹色の光を放っていた。


「ハルカさん。あれが異星人の宇宙船なんでしょうね」

「宇宙船だと思いますが、そうだと断定する根拠はありません。まるで潜水艦のような、地中に潜航する機能を持った船としか……」


 ハルカはつい先ほど起こった出来事がまだ信じられないといった表情であったが、ヴェーダは逆に興味津々のようで、両目を激しく点滅させていた。


「ハルカさん。凄いモノ見ちゃいましたね。あれはきっと、光速を越えるワープ技術の応用だと思います。次元昇華することによって物質同士の干渉を無効化するんです」

「なるほどね。理解不能だが」

「ですです。今現在、私たちが実用化できている次元昇華の技術は重力による空間の歪みに対応できていないのです。つまり、次元昇華による空間跳躍航法を使用する場合は恒星、もしくは惑星より十分な距離を取る必要があります。現在まで起きた事故のほとんどは、その歪みが原因だとされています。船体が耐えられず破壊されるか、もしくは三次元へと戻れなくなるのだと言われています。それゆえ、太陽より50天文単位以上離れて使用するよう規制されているのです。概ね太陽と冥王星の距離ですね。それが、惑星上で使用可能だなんてちょっとビックリ、いえ、とんでもなくビックリしてますよ」


 ヴェーダはクルクルと頭を回転させ、激しく目を点滅させている。これは、彼が非常に興奮している様子なのであろう。ハルカはその様子を見て、やれやれと言った風にため息をついていた。


 そのハルカが私に向かって話始めた。


「加賀さん。少しよろしいでしょうか」

「はい。何でしょうか」


 改まった表情の彼女に少し戸惑うが、私は大きく頷く。


「この、アイオリスの復旧に力を貸してほしいのです。私はしばらく動けませんし、実質的な作業員であるドローンとアンドロイドはその大半が破壊されてしまいました」

「それは難儀な事であると思います。手伝ってあげたい。しかし、私はマリネリスに戻らねばならないのです。あの教会には身寄りのない子供たちが大勢いる。私の帰りを待っています」

「その件なのですが、私から提案があります。皆さんでここ、アイオリスに引っ越してこられてはどうでしょうか」

「それは良いアイディアです!」


 ハルカの申し出にヴェーダが喜んで賛同した。私はと言うと、その突拍子もない提案に度肝を抜かれてしまった。地表の環境は悪化し続けている。ちょうど、地下都市へ避難するかどうかの選択に迫られているところだったので、その申し出は非常に有難いものだった。


「大変ありがたい申し出なのですが、私たちがお役に立てるとは思えないのです。アンドロイドの修理などできませんし、ましてや土木建築関係の仕事などは経験がないのです」

「それは問題ないと思いますよ」


 ハルカは笑いながら頷いていた。


「施設の修理などは全てドローンとアンドロイドが受け持ちます。そのアンドロイドの生産と修理する設備があるのですが、そこの容量がパンク状態になりました。そこの、主に修理ですね、その施設のマネージメントをお願いしたいのです。恐らく、システムのフォーマットを作られたのが貴方です」

「古いデータですが、そのような記載がありました」


 自分がここの関係者だとは思っていたが、そんな記憶は何処にもない。それに、子供たちの面倒を見ながらそんな施設のマネージメントなど務まるものだろうかと思う。


「それともう一つ。貴方が預かっているという身寄りのない子供たちは、実はマーズチルドレンなのではありませんか?」

「美冬さんは見た目が15歳程度ですけど、数百年もあの姿なんですよね」


 ハルカとヴェーダの言葉にハッとさせられる。

 これは記憶が改ざんされている。確かに美冬の姿は変わっていない。そういえば、秋人君は10年前にマリネリスへ来たときからあの姿だった。私が預かっている子供たちも……記憶のある範囲りであるが、全く成長していない。


「そう……だった……しかし……誰が……」


 私は混乱していた。

 記憶がここまで改ざんされているとは思ってもみなかったからだ。


「それは恐らく、加賀さんご自身ではないでしょうか」


 ハルカの言葉に胸をえぐられるような衝撃を覚えた。人の記憶を改ざんするなど、そんな大それたことを自分がするはずがないと思っていた。そして、そもそも、そんな事が可能であるとは信じられなかった。


 しかし、しかし、マーズチルドレンを取り巻く環境の変化を考えればあるいはそうかもしれない。つまり、不要となり、もしくは敵対するかもしれないマーズチルドレンの同胞たちを救うための処置であったとすれば、その行為は正当性がある。


 私は両手で頭を抱え、脂汗を流していた。

 そして両脚はガタガタと震えており、止まりそうもない。


「加賀さん。お加減が悪いようですが少し休まれますか?」

「いえ、大丈夫だと思います。マリネリスへと戻って少し考えさせてください」

「わかりました。ヴェーダ。リニアラインの手配を」

「了解しました」


 程なく一両編成の先頭車両がバックでホームに入ってきた。

 私はその車両に乗り込み、マリネリスへと戻った。

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