第43話 アケローン地下都市へ
私はジュリーさんの携帯端末を借りた。
それはペン型で、頭をノックするとA5サイズのホログラムディスプレイが開く仕組みだ。一応、地球製の最新型らしい。
車内では、簡単にグローバルネットに接続できた。早速、例の雪上車を監視する。
「あっ。監視カメラがいい感じで捕まえた。ここは……南東部の車両入り口ね。あの怪しい雪上車で地下へ入るつもりなのかしら……」
「どれどれ。本当だね。でも、似たような車両は結構いる。軍用もちらほらいるね」
「払下げの軍用車両かな。意外と目立たないんだ」
「そうみたいだね。民間の車両もみんなそれっぽいデザインだし。六輪か四輪か……おー八輪のごっついのもいるね。あのオープンの四輪バギーは? そのまま内部に入れるんだ……って……ノエルちゃん。これ、凄いんだけど」
「ありがとうございます」
「いや……そうじゃなくて」
言葉に詰まったジュリーさんは目を丸くしていた。
「ハッキングの事ですか?」
「手際が良すぎるんだ。それ、ただの端末だから、侵入経路の解析やパスワードの特定なんてできないし。ミスズだったら手伝ってくれるんだけど」
「それはですね。私がこのアケローン建設時の責任者だったからですよ」
「!」
ジュリーさん……絶句していた。
「へへへ。私専用のバックドアとマスターキーを作っていたんですが、それがまだ生きてるんですよね。これで全ての都市機能にアクセスできます」
「マジ……」
「マジです。他の地下都市、ティトニエとトラクトゥスも私がデザインしました」
「本当なんだ……ビックリしたよ」
「この三つの地下都市ですが、元々は地下にあった氷の湖でした。その氷を溶かして出来た巨大な空間に地下都市を建設したんですよ」
「なるほど。地下都市って言うからてっきり大規模な掘削をしたのかと思ってた」
「違うんですよね。氷の主な成分は二酸化炭素と水だったので、溶かすのも楽でした」
「そうなんだ」
「アケローンには地底湖も残っているんですよ。鯛とかマグロとかウニやサザエとか、色々養殖してるみたい。お魚が美味しいって評判の都市なんです」
「それもノエルちゃんが設計したの?」
「さすがにそれは私の仕事ではありません」
「だよね。でも、マスターキーの話は凄いよ」
「お褒めいただき光栄です」
褒められると心がウキウキしてくる。他の人から肯定されることって、大事なんだと痛感した。
連中は雪上車で地下都市へと乗り入れた。そしてやや北より、地底湖方面へと雪上車を走らせる。
「へえー。あっちの方にアジトでもあるのかな」
ホログラムのモニターを見つめながら、ジュリーさんがつぶやく。
「水産関係の就労者が多くて、仕事を求めて火星各地からの移住者が多い地区ですね。周囲にスラム街もあります」
「なるほど。潜伏するのにはうってつけだと」
「そうですね。でも、目的は潜伏じゃないと思います。多分取引」
「そうか。目立たないところで報酬と交換する」
「ええ。多分」
ジュリーさんはしきりに頷いている。
幸い、監視カメラはアケローン全域をカバーしている。私はこのまま、自動で監視できるよう設定を済ませた。
二両編成の長距離バスも、連中と同じく南東部の車両入り口へと向かう。緩やかな坂道を降りたところに隔壁のような頑丈なゲートがあった。
鋼鉄とコンクリートで作られた扉が開き、バスはその中へと入っていく。
すると突然にバスの振動が穏やかになる。これは、地下都市内部の路面が、やや表面が荒いコンクリート素材で舗装されているからだ。
火星には石油が産出しない。つまり、アスファルトなどの石油由来の素材が使えない。また、地球のように生物由来の石灰岩も産出しない。地球で通常使用されているコンクリートの使用も困難となる。そのため、建設素材として注目されたのがローマンコンクリートである。砂礫を骨材とし、火山由来の凝灰石をモルタルとして使用する方法だ。火星の都市では、いたるところでこの建築素材が用いられている。色は明るい灰色や明るい茶系の色がほとんど。概ね白っぽい配色となって、地下であるにもかかわらず明るい雰囲気を醸し出している。
入り口付近に設けられた大型駐車場には、様々なタイプの車両が駐車していた。その多くは雪上、もしくはオフロード仕様だ。中にはオンロードタイプのスポーツカーもいたし、二輪の車両もいた。
それを見たジュリーさんがぼそりと呟く。
「あー。オートバイもいるんだね。アレ、乗りたいかも……」
「オートバイは完全に趣味の乗り物ですね。火星用の内燃機関搭載車が人気なんですって」
「おお。内燃機関か。いいね。燃えるね」
「内燃機関が好きなんですか?」
「うん。僕たちの国ではものすごく珍しいんだ。内燃機関。ロータリー式とかピストン式のものだったら、もう涎が出ちゃいそうのなくらい欲しいです。はい」
「あ……例えばこんなのはどうかな」
私は一台のオートバイを画面に表示する。
それは、一機のターボファンエンジンで車輪を駆動し、同時に推進機としても使用している。燃料はメタン化合物だ。前後に補助翼が付いていて、まあ何と言うか、地上を走る飛行機って感じだった。
「これは!」
「気に入りましたか」
「ごめん。ちょっと違うんだ。やっぱりピストンエンジンの作り出す運動エネルギーをね。そのままタイヤで路面に伝えて走る古風なやつに憧れるんだよ」
「うーん。ワガママよね。例えばこれは? 20世紀日本の実在車両。その復刻版だってさ。ホンダCB750ですって」
「これこれ。こういうのが欲しいんだ」
「3550万円だって。凄い値段ね。ガソリンは1リットルあたり15200円よ……アルコール系の代替燃料でも980円です」
「僕には無理です。とても買えません」
がっくりとうなだれるジュリーさんだった。
バスは駐車場の脇を抜け、市内へ入るゲートへと向かう。そこでは身分証のチェックが行われる。私は、身分証は常に身に着けている。ネックレスのように、カードを首からぶら下げているのだけど、ジュリーさんはどうなのだろうか。少し心配になったのだが、彼は笑顔で親指を立てていた。
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