第10話 車中よもやま話★生命の起源

 美冬はマリー達に興味を持ったようだ。マリーの話に興味深く耳を傾けている。


「宇宙にはね。いろんなタイプの知的生命体がいるんだよ」

「例えば、マリーさんみたいな……獣人?」

「そうだね。相棒は鳥頭のジュリーだけどね。あいつは鳥人間。でも翼は無くて手の指は5本あるんだよ。他にもね。私の船の船長は魚人でエラ呼吸ができるし、副長は腕が4本ある昆虫人間だし」

「他にも仲間がいらっしゃるんですね」

「まあね。ウチは基本四名体制だよ。私たち二人、マリー&ジュリーが突っ込み役。残りの二人はバックアップ」

「でも、どうしてそんな風に進化できたんだろう。ジュリーさんなんかさ。翼が手に進化したんでしょ?」


 美冬の問いに、ジュリーが手袋を取って素手を見せてくれた。

 鳥の足のような固い皮膚で爪が長かったが、人間と同じような形状をしていた。


「これはね、概ね一億年くらい昔に遺伝子改造によって人為的に進化したものなんだ」

「一億年前?」


 一億年!

 そんな時代から、遺伝子操作できるような技術を持った人類が存在していたのか!

 私の拙い知識によれば、地球で人類が誕生したのは200万年前。ホモ・ハビリスが祖であったと記憶している。


 一億年前といえば、地球では中生代。恐竜の全盛時代ではないか。


 私は唯々驚愕していた。

 美冬も同様で、目を真ん丸に見開いて絶句していた。


「まあまあ、そんなに驚かないで」

「驚きますよ。一億年前なんて、地球では恐竜全盛時代だったんだから」

「ああ、そうか。ではそうなってるんだね」

「人類は200万年前に……ホモ? 何だっけ?」


 美冬が私を見つめる。そういえば最近、人類のアフリカ単一起源説についての講話をしたのだが、その時の話を記憶していたようだ。


「ホモ・ハビリス」

「そう、そのホモ・ハビリスからネアンデルタール人と現人類のホモ・サピエンスが分かれたのが約50万年前です。私たち火星人が誕生したのが500年前。時間のスケールが違いすぎて……」


 美冬も流石に戸惑っているようだ。私も同じだ。

 要するに、マリー達の文明は我々よりも一億年以上古い。


 この三次元宇宙が誕生してから137億年以上経過している。しかし、地球が誕生したのは45億年前だ。知的文明の発生に関しては、私たち地球系人類は後発なのかもしれない。しかし、後発だという事は、地球人が遺伝子改造により我々火星人を創造したのと同様に、地球人も他の異星人が創造した可能性があるのかもしれない。


 生命の起源、そして人類の起源に関して異星人の干渉があった事を示す証拠は全くない。しかし、マリーの話を聞いているとそのような事にも現実味があると思えてきた。


「マリー。その話はこのくらいで」

「そうだね。禁則事項に触れるかな?」

「そうそう」


 鳥頭のジュリーがマリーに釘を刺した。

 地球における生命の起源、人類の起源について、彼らは触れる事が出来ないと、そういう事なのだろうか。


「大変興味深いのですが、これ以上教えていただけないのですか?」

「ごめんね」

「そう……」


 美冬が俯く。


「情報の開示に関する権限は、君たち地球系人類の創造主に委ねられているんだ。僕たちは部外者」

「創造主? それは神様の事ですか?」

もできるね」


 ジュリーは美冬の質問にはっきりと答えない。

 異星人が地球の神なのか。それとは別に、地球には地球の創造主、神が存在しているのか。どちらとも受け取れる。


「神様の事なら教主様の専門ですね」


 美冬は私の方へと話を振った。

 しかし、残念ながら私にはその疑問には答えることができない。私が扱う教義は、火星人類の誕生秘話を題材にした聖なる物語であって、地球人類誕生の秘話に関しては一般教養レベルの知識しか持ち合わせていないからだ。各地に伝わる神話を科学的に証明する根拠はない。しかし、生命の起源に関しては幾つも仮説があるが、そのどれも仮説の域を出ることができていない。

 何かのを期待するよりは、創造主の存在を肯定した方がむしろ科学的ではないかと、私は常々考えていたところだ。


 私が口ごもって返答しかねていたその時、ちょうど車内アナウンスが始まった。そろそろ終着駅に到着するのだろう。


「本日はアイオリス・リニアラインをご利用いただき、誠にありがとうございます。当列車はまもなく終点アイオリス入り口へ到着いたします。アイオリス各施設へのお乗り換えに関しては、現在、全てのリニアラインが運休しております。恐れ入りますが、アイオリス内での交通手段に関しましては現地で直接ご確認いただけますようお願い申し上げます」


 九死に一生を得た気分だった。下手な言い訳をせずに済んだわけだ。


 銀狐のマリーと鳥頭のジュリーは席を立ち、それぞれ大きなリュックを背負う。


 暗い雪洞を疾駆していたリニアラインは急に明るいプラットホームへと到着した。急激な減速Gがかかっているにもかかわらず、マリーとジュリーは見事なバランス感覚でそれをやり過ごす。


「じゃあね。ここからは別行動よ」

「良い成果が得られますように」


 マリーとジュリー笑顔でが挨拶をするのだが、その瞬間、二人の姿は見えなくなってしまった。

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