第3話 秋人の旅立ち

「どうしても行っちゃうの?」

「うん。行かなくちゃいけない」

「どうしても?」

「どうしても。僕じゃなきゃできないんだ」


 彼の一言に目を伏せる美冬。

 彼女も何か悟ったようだ。


 それは恐らく、秋人自身がアイオリスの人型有機コンピューターとして身を捧げるのではないだろうか。


「ごめんなさい。もう聞かないわ」

「ありがとう」


 席を立った秋人が深く礼をした。そして二人は礼拝堂から玄関へと向かう。

 

 いつの間にか雪は止んでいた。

 厚い雲は所々で途切れ数多の星々が瞬いていた。


 外には防寒服に身を固めた秋人の父、藤堂秀樹とうどうひできが立ちすくんでいた。


「秋人。もういいのか」

「ええ、父さん。話は終わりました」


 秋人の言葉に頷く藤堂。そして私と美冬に対して深く礼をした。


「教主様、美冬さん。お世話になりました」

「いえ……」


 言葉に詰まる。

 藤堂、秋人両名の、その眼差しが、彼らの揺るがない意思を示していた。私が何を言ったところで聞く耳を持たないだろう。


「アイオリスに行かれるのですね」

「ええ」

「どうやって? 雪の中を100キロメートルも?」

「問題ありません。地下……いえ氷の下に鉄道があるんです。寒冷化前のものです。そこを5年かけて復旧しました」


 私の質問に藤堂は笑顔で答えた。


「それは大変な作業でしたね」

「まあ大変と言えば大変ですけれども、作業自体はアンドロイドがやりますから。それに氷なので熱で溶かして気化させますので、通常の掘削よりはずいぶん楽なんですよ」


 どうでもいい話題に振ってお茶を濁してしまう。


 アイオリスの正常化こそが彼らの存在意義であり、彼らはそれを成すためにこのマリネリスで10年間努力してきたのだ。彼らはアイオリスの人型有機コンピューターを更新しようとしている。それを邪魔することなど私にはできない。それが星間条約に反する行為だとしても。その更新される有機コンピューターがそこにいる秋人だったとしても。


 ピーピーとアラームを鳴らしながら、小型のドローンが飛んできた。ピンク色でクラゲのような形状をしている。フワフワと揺れながら浮遊し、柔らかそうな脚が何本も揺れていた。


「ああシェリル。待たせたね。すぐに向かうよ。秋人」

「はい」


 藤堂と秋人はもう一度礼をしてから、先導するシェリルと言う名の小型ドローンについていった。


「秋人さん! 必ず帰ってきて!」


 美冬が一歩前に出て叫んだ。

 秋人は振り返って微笑み、手を振った。そして何も言わず父についていく。彼らは夜の闇へと消えていった。


 美冬はその場にしゃがみ込み涙を流していた。

 泣かないように、必死で感情を抑えている。


 しかし、零れ落ちる嗚咽が周囲の雪に染み込んでいく。


「美冬。もう戻ろう。このままだと凍えてしまうよ」


 美冬は立ち上がったが、足元がおぼつかない。

 私は美冬の肩を抱き、彼女の部屋へと送っていった。


「今日はもう休むといい。後の事は私が済ませておくから」


 美冬は何度も頷き、自室へ入っていった。


 食堂へ戻ると子供たちが駆け寄ってきた。


「ねえねえ。あの人、美冬姉ちゃんのコイビトってやつ?」

「ヨメだよヨメ」

「ヨメは美冬姉ちゃんじゃね?」

「ケッコンしてないのにヨメって何かな?」

「ねえ教主様、美冬姉ちゃんは?」


 囲まれて質問攻めに合う。


「美冬は具合が悪くなったようだ。今は部屋に戻っているから今夜はそっとしておきなさい」

「はーい」

「わかりました」


 皆が元気のよい返事をする。


「教主様。浴場の準備は整っております」


 修行僧の一人が報告してくる。


「お前たちはお風呂にはいりなさい。美冬がいなくても大丈夫かな?」


「大丈夫だよ」

「シャンプーくらいへっちゃらさ!」

「お〇んちんもちゃんと洗うよ」

「そんな事いわないの。馬鹿」

「馬鹿って言った」

「何よ」

「馬鹿って言った方が馬鹿なんだって。美冬姉ちゃんが言ってた」

「お〇んちんって言う方が馬鹿なの。覚えときなさい!」

「ノエルが怒った!」

「にげろー」


 ノエルは13歳で年長から二番目だ。美冬をよく助けているしっかり者だった。


「男の子が先、女の子はその後、いいね」

「はーい」


 ノエルの指示に従い、皆が浴室の方へ走っていく。


「それでは教主様。先にお風呂をいただきます」


 ペコリと頭を下げたノエルが子供たちを追う。

 この教会での和やかな日常。子供たちの笑顔でいつも癒されている。しかし、今夜ばかりはこの心のしこりが取れることはないだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る