第90話 カジノで快勝した後も不審者のお供です

 途端にスロットマシンがピカピカと光り出し、ジャックポットのファンファーレが鳴り響いた。上部の赤色灯もグルグルと回転している。こんなに目立っては困るんだが。


「坊主。俺の言ったとおりだろ? 儲けは半分でいい」


 そういう事か。しかし、何故この男は僕を勝たせたのだろうか。自分でやれば丸々儲かったのに。


 その場に走って来たのは先程とは別のアンドロイドだった。銀髪でグラマーな白人。少し圧倒されそうな体格をしていて、片目には何か光学的なセンサーを装着していた。


「おめでとうございます! ジャックポット的中でメダル1万枚ゲット! 清算されますか? それとも、まだプレイされますか?」


 豊かな胸元をブルンブルンと震わせながら質問してきた。先に300ユーロをチャージして、その中の100ユーロをメダル1000枚と交換している。1万枚という事は、概算で1000ユーロ儲かった事になるのか。


「7を揃えたら10万枚の払い戻しですよ。挑戦されますか?」


 つり上がった鋭い目元が笑っている。さあさあ、今稼いだメダルを突っ込んでしまえとでも言っているようだ。


「いや、結構だ。清算するよ」

「かしこまりました。ではIDカードをスキャンいたします」


 僕の目の前にホログラムの清算表が投影された。


 メダル総数10962枚→→換金→→1096ユーロ

 残高200ユーロ→→1296ユーロ

 

「それでいい」


 銀髪のグラマー美女が端末を操作し、カランカランと鐘の鳴る音がすると換金が終了したようだ。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています」


 店を出る際に銀髪のグラマー美女と美冬さんによく似た小柄な美少女がお見送りをしてくれた。僕は二人に手を振りながら店を後にする。外であの中年男性が待っていた。


 薄汚れたよれよれの白衣の胸元にはエブロス生物化学研究所のIDカードがしっかりとピン止めしてあった。ヨーロッパ系の白人だが、髪の色は黒で瞳は茶色だった。無精ひげが伸び放題で、何とも不潔感が漂っている。案の定、しばらく入浴をしていないようで体臭が鼻を突いた。


「藤堂秋人君だね。俺はエブロス生物化学研究所でESPExtra Sensory Perception(超感覚的知覚)関係の研究をしているダニエル・ファン・ヴェルクホーフェンだ。ダニーって呼んでくれ」

「ドイツ系ですか?」

「いや、オランダ系火星人だ。遡れば由緒正しい家系らしいが、千年以上も前の話だからな。自慢にもならんよ」

「なるほど。ダニーに質問があるんですが」

「何だ?」

「さっきのアレ、スロットマシン」

「ああ。アレがどうした?」

「アレは何かの不正ツールを使ってたんですか?」

「そんな事はしないさ。バレたら簀巻きにして地底湖に沈められる」

「エブロスにも地底湖があるんですね」

「まあな。アケローン地底湖よりは随分と小さいらしいが」

「じゃあなぜ、あんな風に大当たりを引けたんですか?」

「自己紹介しただろう? 俺はESPが専門だと」

「じゃあダニーが能力を使った?」

「違うね。ここじゃあ詳しい話はできない。あ、そうそう。さっきの分け前だが」

「いいよ。でもIDカードにチャージしてあるんだけど、どうするの?」

「大丈夫だぜ。俺の端末に移すだけだから」


 ダニーがペン型の携帯端末を取り出して操作すると、チャリンと効果音が鳴った。表示されたホログラムには500ユーロの移動が表示されていた。


「こんなもんだろ。なあ秋人君」

「何ですか?」

「この先もちょくちょく協力してほしいんだ。俺が一人で行くと警戒されてな」

「何故?」

「それアレだ。不正行為もなしに何回も稼ぐからだよ」

「まさか。ダニーさんは能力者なんですか?」

「さっきも言ったが、能力者は俺じゃない。ま、この研究所には実験材料が何人もいるんだよ。その中の一人が確実に出目を読むんだ」

「それは……」

「君もそうなるかもな。とりあえず食事にしようや。俺が奢るから」


 エブロス生物化学研究所のダニエル。ESP研究員だという彼は、正真正銘、僕たちを実験材料にしている敵ってことじゃないか。


 彼と交流すべきなのかどうなのか。

 僕が迷ってる間に、レストランへと連れていかれた。


「さあさあ、何でも好きなモノを注文していいぞ。俺のおごりだ」

「偉そうですね」

「ん? 俺が教えたから儲かったんだろ? 君の能力はあそこじゃ役に立たないぞ。ルーレットの玉もバカラのサイコロもホログラムだからな」

「なるほどですね。PKPsychokinesis(念動力)じゃあ操作できないと」

「そう言う事だ。あのスロットマシンもPKでの不正はできない。外部から余計な力を加えるとマシンが停止する」

「へえ」


 やはり、この研究所では僕の能力をPKだと思っている。このまま勘違いさせておく方が得策だろう。


 アンドロイドのウェイトレスが水を持ってきた。


「ようこそ、楽園のエリゼへ。ご注文はテーブルに備え付けのAIが承りますが、何かご不明な点やお困りな事がございましたら遠慮なくお呼び付けくださいませ」

「ありがとう。お、新しい子だね。名前は?」

「みゆきと申します。以後よろしくお願いいたします」

「みゆきちゃん可愛いね。東洋系のナイスバディ、俺、大好物なんだ」


 みゆきだと?


 僕の家にいた僕の母替わりだった地球製のアンドロイドと同じ名だ。見た目もそっくりそのままなのだが……まさか……いや、高級品といえどもメーカー品である以上、同タイプのモデルは存在している。偶然だ。偶然同じ名だっただけだ。


「お触りは禁止です。悪いおててはつねっちゃいますよ」

「ああ、痛い痛い。俺は生ビールの大とフランクフルトウインナー。マスタードたっぷりね」

「かしこまりました。お客様はいかがいたしますか?」


 みゆきと視線が合う。あのアンドロイドがみゆきなら、僕の事が認識できるはずだがそんな気配はない。別の固体だ。


「僕はアンチョビピザとコーヒーを」

「かしこまりました」


 注文はテーブルの端末でというルールだろうに、ウェイトレスに直接言いたいのだろうか。ダニーは。


 全く、ESP研究員という者はひねくれていて、かなり世間離れしているのだと悟った。ああいう研究は世捨て人でもない限り、積極的に手を出さないものなのだろう。





 


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