第四章 エブロス軍事技術研究所
第82話 秋人の決意
大部屋で雑魚寝。
しかも、美少女二名に挟まれている。
これは緊張してしまう。普通ならドキドキと心臓が高鳴ってしまいなかなか寝つけないだろう。
この美少女二人とは、
しかし、実際は違っていた。
彼女達はマーズチルドレン。そう、火星のテラフォーミング計画に基づき誕生したデザイナーベビーの事だ。その第一世代は異星の技術を導入したもので、その卓越した能力はまさに神の領域と言われたらしい。無限とも言われる寿命と身体蘇生能力、そして高度な知能とESPのような特殊能力を持っている。それがファースト世代と言われている十二名のマーズチルドレンだ。彼等を元に創造されたのが自分達の第二世代になる。そして第三世代へと続く。マーズチルドレンとしては第三世代までであり、それ以降は通常の火星人類としての遺伝子改造にとどまっていた。地球人類との差異は二酸化炭素濃度の高い火星の大気で呼吸可能な事だけであった。
自分が第二世代のマーズチルドレンである事を知ったのは10年前だった。自分の父親、
父からは火星環境維持プラント〝アイオリス〟の政治的な役割について聞かされていた。
簡単に言うと、火星は地球の植民地なのだ。しかも、二つの勢力が火星の支配権を争っている。地球を支配している三つの勢力があるのだが、その中の二つの勢力が火星において覇を競っていた。マーズチルドレンの技術を開発し、火星のテラフォーミングにおいて主導的な役割を果たしていたのがPRA(環太平洋同盟)だ。そしてそのPRAに対抗して支配地域を広げようとしていたのがEEU(拡大ヨーロッパ連合)である。もう一つのAAL(アジアアフリカ連盟)はPRAに便乗する形でしか火星には関与していなかった。
PRAはテラフォーミング計画において主導的な役割を果たし、火星における権益を独占しようとしていたのだが、それに対して横やりを入れたのがEEUだった。アイオリスを独占的に管理しているPRAに対し、極秘情報を持ち出して来た。それはアイオリスで使用されていた人型有機コンピュータに関するものだった。その人型有機コンピュータを人権条約違反だと告訴し、地球側は人型有機コンピュータの使用を禁じた。
もちろん火星人類にとって、環境維持プラントは生産活動と日常生活の全てを司る重要な施設だ。反発する火星人側は何とかしてアイオリスの機能を維持しようとしたのだが、一部の火星人勢力がテロ行為を繰り返す事態となった。それはもちろん、EEU側の策略だったのだが、アイオリスはその煽りを食った。
環境維持プラントを管理していたマーズチルドレン達が、そのテロリストを扇動しているとして逮捕され、投獄されたのだ。そしてアイオリスの停止もマーズチルドレンの責任とされた。
多くの火星人とマーズチルドレンが処分される中、一部の特殊能力を持つ者は記憶を消去する事で生きながらえた。
そして10年前、再び火星へと戻ってきた。
環境維持プラント〝アイオリス〟を再起動するために。
あれから10年間、マリネリスの街にて準備を重ねた。そのほとんどの時間はアイオリスへと向かうリニア鉄道の復旧に費やしてしまった。しかし、再起動の手順も幾度となくシミュレーションしたし、その為の機材も揃えていた。24時間程度でアイオリスの基幹コンピュータ群を再起動できたはずだ。
あの、二人組の連邦保安官が来なければ。彼らにアイオリスの基幹コンピュータ群を破壊されなければ。
彼らの狙いは僕だった。父と一緒に地球へ行ってからは藤堂を名乗っているが、元々は大隅だった。自分はマーズチルドレン。普通の人のように両親がいる訳じゃない。そして僕が持っている特殊能力が狙われた。
それは霊力子操作。
有体に言えば、ESPによるハッキング能力の事だ。
どんなコンピュータでも、どんな機械でも霊力子を使って操る事が出来る。僕はこの能力を使ってアイオリスの基幹コンピュータ群を再起動させる予定だった。本来は人型有機コンピュータを設置しなければいけないのだが、僕の能力で代用できるはずだったんだ。
とある軍事機関が僕の能力を必要としているらしい。あの、偽保安官の二人組から聞いた話だ。そりゃそうだろう。この能力の前ではどんなセキュリティも意味がないからだ。
エブロス地下都市にあるEEU系の軍事技術研究施設へ僕を連れて行く予定だったらしい。何重にも罠を仕掛け、幾つもの囮を使った。あの偽保安官の二人まで囮として利用したんだ。何人も殺したあいつらは悪党そのものだった。ボスのブレード、補佐役のアザミ、若いケイトの三人だ。どこかの、恐らくはEEU系の諜報機関の人物だと思うが所属ははっきりしない。
そんな悪党に自分は従順について行った。もちろん本位じゃない。やろうと思えば、エレベーターを停止させたり逃走車両を乗っ取る事も出来たのだがやらなかった。それには理由がある。
アザミにいくつかの静止画像と動画を見せられた。そこに映っていたのは、大勢の、まだ幼い子供だった。この子供たちは、火星全土から集められたのだという。
マーズチルドレンの血を引くものだから。第四世代以降のマーズチルドレン。すなわち一般の火星人になるのだが、この人たちの中に特殊能力を受け継ぐ者が少数ながら存在する。そして、第三世代以前のマーズチルドレンとの間にできた子供になると、高い確率で特殊能力を受け継いでいる。そして、人型有機コンピュータの素体としても有用なのだ。
連中が開発している新型の人型機動兵器。その、中核部分に据えられる人型有機コンピュータとして人体実験が繰り返されている。
「アンタはセカンドなんだろ? そりゃ貴重だよな」
アザミの言葉だ。
「逃げようなんて思うなよ。あそこに集められた子供の大半は使い物にならないクズだ。アンタが来ればそのクズ共を開放してもいい。もしあんたが逃げたなら、そのクズを一人ずつ拷問にかけて長時間苦しめながら殺す。その様子を撮影した楽しい動画を送ってやる。アイオリスだろ? アンタの仲間があそこに集まってるらしいからな」
とても人間とは思えない言葉だ。しかし、僕は彼女の誘いに乗る。マーズチルドレン……火星の子供たちを助けなくてはいけないからだ。
ピューっと口笛が聞こえた。
僕はトイレに行く振りをして、こっそりと別館へと向かった。この旅館の別館は地球人向けの密閉型客室だ。CO2の濃度を地球並みに抑えている。しかし、日中に賊が侵入し破壊されたのだという。もちろん、その賊はアザミだ。
進入禁止の看板と赤いコーンが置いてあるだけで、別館にはすんなりと入れた。そして事件現場である破壊された客室にいたのはアザミだった。
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