第54話 マーズイーグルCSP

 あの格納庫と人型機動兵器モビルフォースの発進シークエンスは改良の余地があると思う。だって、格好悪いんだもの。

 ざっくりなんだけど大まかなプランを考えてみたい。その為には睦月班長の乗った機体の詳細な情報を把握しなくては。沿岸警備隊の情報から簡単に見つけることができた。


 え?

 300年前の機体?

 これ、寒冷化前の旧式機だ。


 型式番号はD203M2-CSP。外観は旧式機のマーズイーグル。汎用型だけど、型式番号に妙な枝番がくっついている。CSPって何のことだ……オリジナルAI搭載型……反応炉リアクター出力は現行型と同程度……つまり旧式機の25パーセントアップ……そしてオリジナルAIを搭載した影響で運動性能は25%向上……改修担当官は森窪技術大尉。いや、睦月さんこれ、何気に高性能じゃないですか。現行型とも十分に渡り合える強力な人型機動兵器モビルフォースだよ。


 気になるのはオリジナルAIだが、これに関しては何も情報がない。機密事項なのか、製作者の趣味的なものなのか何とも言えない。そもそも300年前の機体を引っ張り出している事から、何か特別な事情がありそうなのだが、私にはさっぱりわからなかった。CSP……多分Cスペシャルの事だろうけど……Cって何の略なのだろうか。わからない。


 私がモニターを睨んでいた時、遠方の東門で爆発が起こった。その爆炎の中から出てきたのは、例のトレーラーのキャビン部分であるトラクタと、砲塔を持たない駆逐戦車だった。


「何あれ。東ゲートであんなのが暴れてたんだね」

「型式番号YBSK-02、駆逐戦車マルズバーンです」


 ミスズが教えてくれた。しかし、この戦車は私も知っている。寒冷化前に配備されていた駆逐戦車だ。いかなる戦車も一撃で破壊しうる150ミリ砲と、ホバー走行による超高機動性を備えたスーパースペシャルな戦闘車両。これで睦月班長が焦って出撃した理由がよくわかった。アレ、普通の戦車じゃ歯が立たないから人型機動兵器モビルフォースの出番になるって事だ。そして戦車のホバー走行って、どんなものなの見てみたいと思った。そんなメカマニア魂が疼く……のだが、ここは状況の確認を優先したい。


 睦月班長は威嚇射撃をしつつトラクタの前方へと着地した。ここで戦闘開始かと思いきや、逃走者と睦月班長の間で話し合いが始まったのだ。オープンチャンネルだったので通話は駄々洩れだ。


「俺は戦う気なんてねえよ。マルズバーンの後ろを見な」


 駆逐戦車マルズバーンのすぐ後ろに八人乗りのミニバンがいた。どうやらワイヤーで牽引していたようだ。


「よく聞け。あの車両には四人乗っている。自力じゃ動けねえしドアはロックしてある。マルズバーンの機銃はあの車両を狙っている。おっと、マルズバーンを破壊するなよ。中に子供を乗せているぞ」

「何がしたいんだ?」

「逃げたいだけだよ。しつこい奴らに追われててな。アケローンに入っても撒けなかった」

「だから何人も殺したのか?」

「待て待て。殺しは俺達じゃねえよ」


 予想通りだった。あの、マリネリスを襲ったテロリスト二名が、ハンター蒲鉾店のトレーラーを奪って逃走中だった。あの駆逐戦車はトレーラーのトラック部分に積んでいたんだろう。


「6時間おとなしくしてろ。誰も追って来るんじゃねえぞ。マルズバーンをリモートで爆破するからな」


 睦月班長は構えていたアサルトライフルを上に向けた。トラクタはマーズイーグルを迂回しつつ、悠々と走り始めた。


「6時間後にマルズバーンを投降させる。心配するな。お前らが追いかけてこなけりゃ誰も死なない」


 これは不味い。

 駆逐戦車マルズバーンはAIコントロールされている。ワイヤーで牽引されているミニバンには人質が数名乗せられており、マルズバーンの機銃がそれを狙っている。また、マルズバーンの中には人質の子供が乗せられていて破壊できない。人質の子供を救出しようとすれば、テロリストは自爆信号を送って直接爆破できる。


 やっぱりこいつらは用意周到だ。マリネリス駅では毒ガスを使ったし、私たちにはワイヤートラップを使った爆弾を仕掛けられた。今回はさらに手が込んでいる。もう、大組織のバックアップでもあるんじゃないかと勘ぐってしまう。


「ノエルちゃん、どうする? 睦月さん動けないから俺たちが追う?」

「ちょっと待って下さい。駆逐戦車のAIを支配下に置けないか試してみます」

「ハッキングするんだね」

「はい」


 相変わらずジュリーさんは暢気だ。しかし急がなくちゃいけない。のんびりやっていたらテロリストに逃げられる。

 私はまず、逃走したトラクタの情報を治安維持隊へと送った。運が良ければ、マリネリスへと向かっている戦車隊が引き返してくるだろう。そしてマルズバーンへの侵入を試みる。


 しかし、上手く行かなかった。突如、睦月班長のマーズイーグルを中心に、直径30メートルほどの真っ黒な球体が出現し、侵入を試みていた私の操作もカットされた。

 

「あ。あれは?」


 ジュリーさんもすぐに気づいていた。


「あれは多分、電磁波遮断シールドです」

「え? そんなものが搭載されてるんだ」

「そうみたいです。あれは全ての電磁波を遮断するので、外からは真っ黒な球体に見えます」

「なるほど。睦月班長、やるね」


 睦月班長が何をしようとしているのかがわかった。ジュリーさんも気づいている。

 要するに、テロリストからの爆破信号を遮断して人質を救出し、同時進行でマルズバーンの武装を潰せばいい。戦車のAIが自爆装置を作動させた場合は必ず時限式となるから、爆発するまでに片付ければいい。


 黒い球体の内部で何かが爆発した。まさか、マルズバーンが自爆したのか? 人質はどうなっているの? 黒い球体の内部の事は一切わからない。


 唐突に電磁波遮断シールドが解除された。黒い球体は消え去り中の様子がわかった。どうやら爆発したのはマルズバーンで、牽引していたミニバンとの間にマーズイーグルが入って爆風を防いでいた。また、マーズイーグルの手のひらには子供が二人乗せられていた。この子供がマルズバーンに乗せられていた人質だろう。睦月班長の手腕はお見事で人質は全員無事だった。


 睦月班長と沿岸警備隊本部との通信が入った。


「睦月班長。その場で救助活動の指揮を取れ」

「了解。連中は追わなくても?」

「ああ。逃げたトラクタは西方隊長のMBT主力戦車が押さえた。マリネリスからの帰投中に偶然発見したらしい」

「それは良かった」


 治安維持隊の戦車はもう帰って来てたんだ。まあ、マリネリスにテロリストはいないから行くだけ無駄だったのは間違いない。私の流した情報で引き返してきたのなら金星なのかな?


「じゃあノエルちゃん。あの着ぐるみタクシーを追うよ」

「はい。お願いします」


 真っ赤なトモエは緩やかに旋回し、南側へと機首を向けた。これからタクシーに乗って逃亡しているあいつらを追うんだ。そこに秋人さんもいるんだから。

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