第15話 マーズチルドレン

「どうしたヴェーダ」

「それが……この結果は?」


 ハルカが問い詰めるものの、ヴェーダは目を点滅させながら首を振っている。


「だって、このお二方はマーズチルドレンの第一世代型で希少なファーストなのです」

「何だって?」

「虹彩はその個人特有のパターンを有します。クローンでも一致しないのです」

「DNAは?」

「登録されています。再検査の必要はないと考えます。えーっと、入場許可証ではなくて、アイオリス・スタッフの身分証明書を再発行いたします。一応、お名前を確認させてください」

加賀晴彦かがはるひこです」

出雲美冬いずもみふゆです」


 尋ねられたので素直に答える。


「お二方共声紋一致しました。古のファースト世代の方と出会えるなんて、今日は素晴らしい日です!」

「そうだな」


 ハルカとヴェーダが跪いて頭を下げた。


「そのような。お顔を上げてください」


 私の言葉に頭を振るハルカとヴェーダだった。


「いえ、ファースト世代の方々は、このアイオリスと火星人を創造された神と等しい存在であると認識しております。数々のご無礼、ご容赦ください」

「私、ヴェーダとハルカさんはマーズチルドレンの第三世代に該当するサイボーグなのです。ハルカさんは戦闘用、私は情報処理用として制作されました。私自身は乳児から成長できなかったためこのような義体を使用しておりますが、正真正銘第三世代のマーズチルドレンです」

「第三世代は様々な用途に特化して創造されました。私自身は戦闘用として制作されたのですが、それは私にとって嫌悪の対象でした」


 自身で選択したわけでもなく戦闘という役割を与えられたということか。ハルカが楽しそうに観光ガイドの仕事をこなす理由がこれなのだろう。


「偽連邦保安官の二人組は防衛ラインを突破しました。外部委託業者まで後数分です」

「行ってくる。お二方はここで待機してください。ここなら安全です」


 ヴェーダの報告受け、ハルカは私たちに待機を命じた。

 しかし、私も美冬もここで閉じこもっているつもりはなかった。私はコンテナから自動小銃を選んで手に持った。美冬も同様だった。


「止めても無駄なようですね。使い方の説明は?」

「不要です。体が覚えてます」


 美冬が返答する。手慣れた手つきで弾倉を着脱し、コッキングレバーを引いた。私も同様に銃のチェックをした。予備弾倉と予備のハンドガンをベルトに装着する。

 軍事訓練など受けた記憶はないのだが、本当に体が覚えていた。銃自体はよく手入れされており、長期間保管されていたにもかかわらず、何時でも使用可能な状態だった。


「外部委託業者の背後から回り込む。ヴェーダは空間駆動戦車をコントロール。準備出来次第〝賊〟の背後に回して退路を塞げ」

「了解!」


 ヴェーダを見つめて頷くハルカ。そして我々の方を向いてまた頷く。


「お二方はこちらへ。私の援護をお願いします。決して前に出ないように」

「わかりました」


 私たち二人に確認を取った後、ハルカはCICの奥側の扉へと向かう。そこも三重の金属製扉だった。

 その扉を抜けてエレベーターへ乗る。今度は急速に降下し始めた。


 エレベーター内でハルカが語り始めた。


「ファースト世代の方々は私たち第三世代の者からは神のごとき存在なのです」

「それは私たちがあなた方を創造したと考えてよいのでしょうか?」

「その通りです。もしかして、当時の記憶は失われているのですか?」

「そのようですね。本日、あの連邦保安官に撃たれるまではマーズチルドレンである自覚もなかった。少し記憶が蘇りましたが、殆ど忘れている状態です」

「私もです」


 美冬も頷く。


「マーズチルドレンを創造した技術は画期的だったと聞いております。自我と無限の命を持つ人型有機コンピューターだったのですから」

「そのようですね。私と美冬はブラスター熱線銃で撃たれても死にはしなかったし、どうやらテラフォーミングの初期段階で計画に参加していたようなのです」


 私の言葉にハルカが頷く。


「あなた方ファースト世代が飛び切り優秀だったこともあり、火星のテラフォーミングは数十年で第一段階を終える事が出来ました。一応、地表に人類が住める状態ですね。ああ、遺伝子改造された二酸化炭素(CO₂)過多の大気で呼吸できる火星人がという意味です。地球人と火星人が協力し合い、そしてマーズチルドレンの偉大な知恵のおかげで火星の環境は良い方向へ激変しました。そして、ここアイオリスの機能も拡大され、火星の気象を永久的に操作できる大規模な物へと改装されていったのです。その過程で生み出されたのがセカンド世代です。このセカンドの中には特異能力を持つものがいました」

「特異能力?」


 私は美冬と顔を見合わせた。そして二人でハルカを見つめる。

 ハルカは頷いて続きを語る。


「そうです。それは霊力子操作と呼ばれる能力です」


 聞いたこともない言葉だった。

 しかし、それは私の記憶にないというだけで、本当は熟知していたのかもしれない。美冬もそうだろうと思い彼女の方を見るとそうでもなかったらしい。

 ポンと手を叩いてウンウンと頷いていた。


「それは超能力の事ですね」

「超能力みたいなものと言った方が良いでしょう。人が持つ霊的エネルギーを使って電子機器を操作する能力の事で、PK念動力の一種だと言われていたのですが関連性は不明。というのも、比較すべきPK能力者が皆無だったため、同一能力なのかどうか判定できなかったのです」

「うーん。微妙に外れ?」

「外れているとは言えません。判定できなかったのです」

「そっか」


 美冬は少し頬を膨らませて悔しそうな表情をしていた。私としては、超能力で電子機器を操作する能力だと理解した。なるほど便利だと感心しつつ、ある一つの問題を想起してしまった。


 そう、霊力、つまり意思の力で電子機器を操作できるなら、それは他の機器をハッキングし放題なのではないかという事だ。衛星や宇宙船などの信頼性を損なってしまうし、戦闘機や人型機動兵器にも関与するだろう。そんな力を野放しにすれば、世界の軍事バランスは崩壊してしまう。


 藤堂秋人の話によれば、マーズチルドレン、すなわち人間をコンピューターとして使役することが人権問題となり、それが理由で使用を禁止されたのだという。しかし、現実には軍事的な理由で圧力をかけられて使用を制限されたのだろうか。これは私の推測でしかないのだが、極めて妥当であるとしか考えられなかった。

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