第30話 エンキとイシュタル
何百年か前、トリプルDが凍結され人型機動兵器は退化したという。
つまり、トリプルDは人型機動兵器の進化系って事だ。その理由を改めて理解した。
限定的であるが時間を超越する。それは他者の目からは超加速しているように見えるのだ。
眼前に迫る黒い方のエニグマ。そいつは実体剣を構えている。その剣が私の機体を貫こうと突き出される。だが、私はそれを余裕でかわした。かわしたつもりだった。
私が、オルレアンが回避した動きは相手からすれば目にもとまらぬ高速移動。これに反応するなんて無理なはずだ。しかし、目の前にいる黒いエニグマは違った。
すぐさま剣の軌道を修正し、オルレアンに剣撃を当ててきた。
私は大型の盾でその剣を受け止める。
眩い閃光が弾け、オルレアンはその剣圧に押されて数十メートル後退した。足場のない空中での戦いとはいえ、この威力には正直驚いた。
「信じられん。こいつは何者だ?」
「エンキの戦闘機動を上回っています。それにあの盾の防御力も尋常ではありません。援護しますか?」
「いや、イシュタルは情報収集に専念。PRAの新型モビルフォースかもしれん。他の奴は手を出すな」
「了解しました。少佐」
私にとって予想外の敵。
でもそれは、彼らにとっても同じだった。
「ジャンヌ。武器は?」
「背に長剣。盾の中に短剣が二本です。しかし、戦闘は推奨しません」
「そうね」
ジャンヌは戦闘を推奨しない。
当然だろう。
所持しているのは長剣と短剣のみ。
トリプルDは操縦者の意識で動かす訳だから、戦闘力には操縦者の素養が反映される。つまり、剣の素人である私は戦ってはいけない。でも、逃がしてくれそうにもない。
黒いエニグマが再び剣撃を打ち込んできた。私はそれをかわしつつ背中の長剣を抜く。しかし、構える前に再び重い剣撃を受けた。回避したので盾にかすっただけ。でも十数メートル押される。何て威力。
「またかわした。エンキの超機動に対応している。信じられん」
「まるでトリプルDです。最終型のミューオンは、瞬間的に光速を越えたというデータがありますが……」
「そんな何百年も前のデータがあてになるか! ゼラ中尉。新型のデータを検索しなおせ。該当機種を確定しろ!」
「了解しました。アキド少佐」
再び黒い方のエニグマが攻撃してきた。
二度の剣撃を空中機動でかわし、三度めを盾で受ける。私は再び数十メートルも弾かれた。
速度ではオルレアン有利。力では黒い方のエニグマ、エンキの方が有利。そんな状況だろう。
この包囲を突破しなくてはいけない。
しかし、私はどうしていいのか分からなかった。
再び攻撃してきたエンキの剣撃を三度かわした。相手は何やら焦れてきたようで、少し剣筋が乱れてきたように見えた。
「へへへ。剣道なんかやったことないけど、意外と才能があるのかな」
私の独り言に潜在意識が突っ込んで来た。
『馬鹿なの? 機体性能でかわせてるだけじゃない。早く逃げないと、あいつ本気出すよ』
『まだ本気じゃなかったの?』
『当たり前よ』
危うく己惚れてしまう所だった。
相手はまだ本気じゃない。そして、このオルレアンが高性能だから私は持ちこたえてる。
出来れば本気を出す前にこの包囲を突破したい。
『じゃあ、どうするの?』
『教えない』
潜在意識の返事は素っ気なかった。
でも、その中に何となく答が見えた気がする。
オルレアンの方が速度は上。
剣術素人の私では剣に頼れない。しかし、エニグマの剣撃を完璧に防御したこの盾は優秀。
なら答は一つ。
盾を構えてぶつけるしかない。
エニグマの黒い方、エンキがオルレアンの喉を狙って突いて来た。私は最小の動きでそれをかわしてから盾を構えたまま突っ込んだ。エンキの黒い盾とオルレアンの白い盾が激しく衝突し、眩い閃光が弾けた。今度はエンキが数十メートル後退した。
「アキド少佐。大丈夫ですか? 援護しますか?」
「まだいい。それよりも機種の確認はできたのか?」
「それが……現行機種で該当する機体はありません。また、新型の予測値とは機体サイズが大きく異なっています。小さいんですよ」
「小さい?」
「そうです。小さい。このコンパクトな機体はトリプルDの最終型、ミューオンに酷似しています」
「そんなことはあり得ん。鹵獲して確認せねばならんな。ゼラ中尉。手伝え。念の為リミッターを解除しろ」
「了解」
突然、黒い方のエニグマ、エンキの機体が発光した。同時に上方に位置していた白い方のエニグマ、イシュタルも発光した。全身に雷光をまとった二機が私に向かって突っ込んで来た。イシュタルの剣撃をかわしたものの、エンキの体当たりをまともに受けてしまった。盾と盾が接触した瞬間に子供の声が聞こえた。
「タ……ス……ケ……テ」
時間が止まっていた。
眼前には黒いエニグマ、エンキが盾を構えている。
私も盾を構えて対峙している。
盾と盾が接触した瞬間にこの声が聞こえたのだ。
「どうしたの?」
「……ク……ル……シ……イ……」
「大丈夫? 何処にいるの?」
「コ……コ……」
その一言と共にある映像が眼前に浮かんだ。
小さなカプセルに閉じ込められた男の子。彼の体には何本ものチューブが繋がってる。頭部と脊髄から何本も。目は無く、何か機械が埋め込まれていた。
何これ。どうなっているの?
まさか、子供を虐待しているの?
ものすごい嫌悪感が沸き上がってきた。
その瞬間、激しい衝撃を感じた。私は再び数十メートル吹き飛ばされ、あの映像は霧散した。
態勢を立て直そうと盾を構えたところにイシュタルの攻撃を受けた。
私はそのまま地上へと落下した。
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