第35話 オルレアンの盾

 私の視界、即ちオルレアンのモニターにミサイルの情報が表示されている。


 ミサイルは四発。

 着弾まであと五分。


「うーん。エリュシオンのシールドは効果範囲が狭くて町全体をカバーできないし、ビーム使っても三発が限度。うまく当てても一発は残しちゃうわね」

「ビームって、エリュシオンにはビーム砲が付いてるんですか?」

「まあね。鋼鉄人形には昔からある装備なんだよ。テレポートを連発しなけりゃ全部落とせたんだけど……」


 マリーさんは少し悔しそうな顔をしていた。

 着弾までのカウントダウンは続いている。四分を切った。もう時間がない。


 経験したことがない焦燥感が募る。でも、私は一つ思いついた。あのミサイルをなんとかできるかもしれないじゃないかって。


「ジャンヌ。オルレアンの盾って頑丈なんだよね」

「はい。一般的なモビルフォースと比較して、防御力は数倍高くなっております」

「この盾を使ってミサイルを防げないかしら」

「……」


 ジャンヌはAIなのに絶句していた。

 本来の用途から逸脱している素人の発想だから、こんな反応をするのも当然なのかもしれない。私自身も馬鹿げてるって思う。でも、やるしかないじゃない。


『とことんやりなさい。骨は拾ってあげるわ』

 

 突然、潜在意識が語りかけてきた。


『それって、死ぬ前提なの?』

『違うわ。私にそんな事させるんじゃない。生きて帰って来なさい! って意味に決まってるじゃない』

『そうね』


 潜在意識からの言葉で勇気が湧いてきた。不思議と恐怖心はなかった。

 ざっくりとした計算なんだけど、弾道ミサイルそのものを受止めるのは不可能。あの質量と速度が持つ運動エネルギーは相殺できない。でも、クラスターに分離した後ならどうだろうか。


 弾体は円錐状に広がる。

 その中心部分だけ防げたら?

 町の被害は最小に食い止められるはずだ。 


「ジャンヌ。全力で飛ぶわよ」

「了解」


 ジャンヌは異論を挟まなかった。

 トリプルDは意志の力で動く。つまりAIのジャンヌは、私の考えている事なんてお見通しなんだ。


「マリーさん。ミサイル三発の迎撃をお願いします。残り一発は私が何とかします」

「え? 美冬ちゃん無茶だよ」


 静止するマリーさんにお構いなく、私はオルレアンを急上昇させた。

 モニター正面に四発のミサイルを捉えた。


「照準情報をエリュシオンに転送中です」


 ジャンヌが報告してくる。

 ミサイルは弾道軌道、つまり放物線を描いている。そして今は頂点を通過して落下姿勢を取っていた。


「美冬ちゃん。射撃開始します。機体の方向を維持して。変に方向変えたら当たっちゃうわよ」

「了解しました」


 そうだった。

 私は射線上を飛んでいるんだ。マリーさんがビームを射撃してから飛び立つべきだと後悔したけどもう遅い。

 地上に立つエリュシオンの額から眩い光芒が放たれるのが見えた。

 その光は遥か上空から飛来してくるミサイルを捉えた。


 一つ。

 二つ。

 三つ。


 三回の爆発を確認できた。

 ミサイルは残り一発。


 弾頭が情報と違っていたらどうしようかと少し不安になる。

 でも、私が躊躇っていたら町は全滅してしまう。


「機体を弾体散開地点の直下へ」

「了解」


 オルレアンは更に急上昇していく。

 モニターの中央部に赤いマーキングが光っている。その脇に表示されている数値はすごい勢いで減少している。これは接近しているミサイルとの相対距離だ。

 同時に予測着弾時間も表示された。

 地上ではなく私、オルレアンと接触する時間だ。


 あと二分。


「美冬ちゃん。よく聞いて」

「はい」

「その、オルレアンが持っている盾は、鋼鉄人形用の盾なの」

「鋼鉄人形? マリーさんが乗っているエリュシオンの盾なのですか?」

「エリュシオンは盾を持ってないのよ。他の機体用のものなんだけどね。その盾はね。操縦士の霊力に比例して防御力が高くなるの」

「はい」

「もう気付いているかもしれないけど、そのトリプルDは鋼鉄人形の技術を流用して作られているの。だから」


 マリーさんが私を見つめている。

 何を言いたいのか、なんとなくわかった。

 オルレアンの盾は鋼鉄人形の盾。それは意志の力で防御する盾。


 私が守りたいっていう強い意思を持てば、この盾はそれに応えてくれる。そんな盾なんだ。


「分かりました。絶対に守って見せます」

「うん。美冬ちゃんならきっと大丈夫だよ。貴女はもう、立派な鋼鉄人形操縦士ドールマスターだから」

「ありがとうございます」


 マリーさんの言った鋼鉄人形操縦士ドールマスターという言葉に胸が高鳴った。これは多分、マリーさんたちの国で使われている称号なんだと思う。

 鋼鉄人形に乗って戦う勇者の事かな。

 くすぐったいような、それでいて誇らしい高揚感があった。胸が熱くなる。


「接触まで後一分」


 ジャンヌの報告に頷く。私は盾を上方へ構えて着弾に備えた。

 大きく息を吸ってお腹に力を入れる。そして、絶対、マリネリスを守るんだと自分に言い聞かせる。


『その意気だ』

『うん。わかってる』


 モニター正面にミサイルが見えた。大気圏突入時の摩擦熱で赤く光っていた。それは不意に破片を散らしながら分解した。数百個の小型爆弾をばら撒いたんだ。

 

 そして、オルレアンの盾に多数の小型爆弾が叩きつけられた。


 幾つもの閃光が弾け、小型爆弾が次々と炸裂している。ものすごい衝撃に押されている。


「負けるものか!」


 私は叫んでいた。

 しかし、そのまま地上へ押され、そのまま墜落してしまったようだ。そこで私は意識を失ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る