第89話 カジノで出会った不審者

 トモヤを通じて探りを入れてみたのだが、研究内容まではたどり着けなかった。マーズチルドレンか、もしくはその血を引いている子供たちがいる事は確実なのだが詳細はわからない。少なくとも数名。多ければ十数名いるはずだ。


 当初は僕が身代わりになる事で子供たちを開放してくれる。そうアザミが約束したのだが、そんな事実はなかったわけだ。僕もアザミを信じていた訳ではないのだが、こうもあからさまに嘘をつかれるというのも癪に障る。


 子供たちは助けたい。そしてこの研究に関わっている連中をどうにかしたい。一般論としては、こんな研究をしている事実を公表できれば社会的に抹殺できるはずなんだ。しかし、現実問題として非合法的で好き勝手に実験している連中だ。社会的に抹殺など到底無理だろう。しかし、どうすればいいのか良い案は浮かばない。


 打開策を思案しながら、自分の協力者となってくれそうなユニットを探す。研究所内にいる情報処理用のアンドロイドを支配できれば好都合なのだが、直接触れ合う機会は無いと思う。自分の能力はある意味万能なのだが、密着しなければいけない事と少々時間がかかる事が欠点でもある。


 では、どうするのか。一つは自分の支配できるアンドロイドを数体確保し、外部へと情報を漏洩させるように工作することだ。できれば、EEU(拡大ヨーロッパ連合)と対立関係にあるPRA(環太平洋同盟)がよいだろう。PRA内の信頼がおける人物とコンタクトが取れれば良いのだが心当たりはない。


 あと一つ、僕が頼るべき場所がある。それは環境維持プラント〝アイオリス〟だ。マリネリスの教会に住んでいたメンバーはマーズチルドレンだった。彼らは皆でアイオリスへと移住する事で合意していたらしい。

 

 地底湖の湖畔にある温泉旅館から、僕が勝手に抜け出してしまった事で迷惑をかけているだろう。彼らが僕に対して〝愛想が尽きている〟可能性は否定できない。今更ながら助けて欲しいと連絡する事には躊躇してしまう。しかし、ここで行われている非道な研究を中止させるためには彼らの協力が必要不可欠であろう。しかし、外部とどうやって連絡を取るのか。この難題をどうクリアすればいいのか。今のところ妙案はない。


 答えが見つからないものは見つからないのだ。店の方から延長はサービスするとの申し出があったのだが辞退した。トモヤにはずっと眠ってもらっていたのだが、僕に対して性的なサービスを時間いっぱい行っていたとの疑似情報を書き込んでおいた。これが偽物の記録だと気づくのはAIの設計者だけだろう。


 さて、僕はトモヤと別れ娼館を後にした。次はカジノへ行くことにした。僕の能力を使えばお金を稼げるだろうが、それが目的じゃない。接客サービスをするアンドロイドや、スロットマシンなどのAIを支配してうまく利用できないか探るためだ。


 先ず出迎えてくれたのはバニーガールの衣装をまとった美少女アンドロイドだった。小ぶりな胸元とスリムな体形に胸がときめいてしまった。このアンドロイドは美冬さんによく似ていたのだ。


「夢の国アドリアーナへようこそ。当店のご利用は初めてでしょうか?」

「ああ」

「ではIDカードの登録からお願いします。スキャンしますがよろしいでしょうか?」


 僕が頷くと、美冬さんにそっくりなアンドロイドはハンディ端末をIDカードにかざして読み取る。


「金額のチャージはどういたしますか?」

「300ユーロほど」

「かしこまりました」


 彼女は再びハンディ端末をIDカードにかざす。


「ありがとうございます。当店では全て電子メダルと電子チップでの対応となります。メダルの交換はマシンにIDカードをかざすだけで完了します。払い出しもIDカードをかざすだけ、簡単ですよ」

「そうなんだ」

「壁際に並べてあるスロットマシンやカードゲーム等は全てメダルでプレイできます。中央のテーブルでのカードゲーム、バカラ、ルーレットなどでプレイされる場合は、別途チップをご用意いただく必要があります」

「ありがとう。僕はスロットマシンで遊ばせてもらうよ」

「ごゆっくりどうぞ。何かご不明な点がございましたら、遠慮なくお呼びくださいね」


 僕は彼女に手を振って、店の奥側に設置してあるスロットマシンへと向かった。壁に沿って設置してあるこの店のマシンのほとんどが、いわゆるTVゲーム方式となっていた。これはプログラムの変更だけで様々なタイプのスロットマシンに仕立てられるし、ポーカーやブラックジャックなどのカードゲームにもなる。まあ便利な万能筐体な訳だが、奥側には本物のドラムが回転するスロットマシンが置いてあったのだ。流石にメダルを入れるようにはなっていなかったが、雰囲気だけは抜群にいい。


 マシンにメダルを200枚ほどチャージする。そして5枚投入してから、右側にある大柄なレバーをガチャンと引く。中央の、三つのドラムが回転を始め、しばらくすると左から一つづつ停止する。絵柄が揃うとそれに応じた枚数のメダルが払い戻される。五枚投入するのは、真ん中のラインだけでなく、その上下と斜めのラインでも当たりが出るようにするためだ。


 僕はスロットマシンを支配すべく、マシンに右手を添えながら祈るようにプレイを続けた。傍から見れば、大当たりを引くために神様にでも祈っているように見えるだろう。


 そんな僕の姿を見たからか、ひとりの男性が声をかけてきた。平日の昼間からこんな店に入り浸っている人物がいたとは驚きだ。しかもこの中年男性は薄汚れた白衣を着ている、生物化学研究所の所員だった。


「おい坊主。祈ったって当たりは出やしねえ。俺の言う通りにやってみな。ほら、こっちの台で」


 男は二つ隣のマシンを指さしている。僕は今打っているマシンを清算してからそのマシンに座ってメダルをチャージした。


「最初は一枚で」

「次は二枚」

「今度は五枚」

「三枚だ」


 僕は男の言う通りにメダルを投入し、そしてレバーを引いた。

 すると、黒い帯に「BAR」と書かれているマークが中央に三つ並んだのだ。


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