第6話 連邦保安官

 遺伝子改造された植物群が大量に移植され、光合成により大量の酸素を生み出した。程なく、火星の大気は二酸化炭素が45パーセント、酸素が20パーセント、窒素25パーセント、アルゴン、メタンなどのその他の気体が10パーセントといった組成となった。

 地球人類からの遺伝子改造により、二酸化炭素が大量に存在する大気組成でも呼吸可能な肺を持った火星人が生まれた。そして、ここ火星では二酸化炭素を除去する呼吸器を装着した地球人と、呼吸器装着の必要がない火星人が共存する惑星となった。


 そして、アイオリス山に設置されたのが環境維持プラントである。古代ギリシャの民族名であるアイオリスと名付けられたそのプラントは、主に大気中の水分と塵の量を調整して日照量をコントロールする。それで光合成と平均気温の調節を行っていた。もちろん、火星を覆う衛星群をも支配しており、磁気シールドや集光セイルのコントロールを行っていた。その膨大な量の情報を制御し、最適な動作をさせるためのオペレーティングシステムとして選択されたのが、火星人の肉体をそのまま使用する人型有機コンピューターであった。幾多の量子コンピューターを並列化して一つの巨大なネットワークを構築し、その中核として設置された人型有機コンピューターはマーズチルドレンと呼ばれた。その稼働期間は概ね300年とされていた。今直面している火星の寒冷化は、このマーズチルドレンが更新できないため引き起こされたものだとされている。


 以上が藤堂の編集した映像から得られた情報だった。

 みゆきさんによれば、事実を余すところなく伝えているとのことだった。しかし、残念ながら私の科学的知識が及ばず十分に理解することはできなかった。火星神話に於いて神と称された者たちは、先ほどの話の上ではマーズチルドレンであったのだろうと思う。


 火星神話は複数の神が語られる多神教として語られていた。先ほどの話ではマーズチルドレンは一人であったように思う。そしてもう一つ疑問点があった。藤堂は地球からやってきた技術者だと言っていたのだが、彼は呼吸器を装着していなかった。彼は地球人ではなく火星人。火星人の技術者が地球からやって来ても不思議ではあるまい。


 そんな事を考え自分を納得させていたその時、この家屋に乱入してくる者があった。全身を防寒具で覆い。ガスマスクのような呼吸器を装着している男が二人。彼らは大型の拳銃ブラスターと麻痺用の電磁警棒を所持していた。


「動くな。連邦法違反の容疑だ」


 男が私たちに拳銃ブラスターを向ける。そして相棒の男に顎で合図をする。そいつは電磁警棒を振りながら、奥の部屋を捜索し始めた。


「ジャーニー。どこにもいないぜ」

「くまなく探せ、ヒョウガ。クローゼットも押し入れもな」

「あいよ」


 ヒョウガと呼ばれた男が乱雑に奥の部屋を荒らしている。私たちは両手を頭の上にあげ抵抗する意思が無いことを示していた。


「本当にいないぜ、ジャーニー。どこへトンズラしやがったんだ」

「吐かせるか」

 

 ジャーニーと呼ばれた男が私の額に拳銃ブラスターを押し付ける。


「正直に言うんだ。どこに隠した」

「地球から来られたのですか? 突然押し入ってきて無礼にもほどがあります」


 男は私に連邦保安官の端末を見せた。数枚の書類が立体的に表示される。そこには連邦保安官の身分証明書、捜査令状、そして藤堂秀樹と秋人の手配書、顔写真も示されていた。


「迷子のマーズチルドレンを探している。説明する必要があるか?」


 ジャーニーは相変わらず私の額に拳銃ブラスターを突き付けている。マスクの奥の両目は冷たい光を帯びていた。彼に対してはどんな言い訳も通用しない事を察した。みゆきさんは私を見つめながら頷いていた。正直に話せという事だろう。

 

「藤堂氏は昨夜、息子の秋人君を連れて環境維持プラント・アイオリスへと向かいました。目的はアイオリスの再起動だと思います。火星環境の寒冷化を止めたいと言っていました」

「やはりアイオリスか……。どうやってそこまで行ったんだ? ここから100キロ以上ある」

「寒冷化前の鉄道を復旧したと聞きましたが、その鉄道の具体的な情報は知らされていません」

「ありがとよ」


 一歩下がったジャーニーの拳銃ブラスターからオレンジ色の光芒が放たれ、私の左目を焼いた。私はソファーの上に倒れてしまう。


「いやあああああ!」


 美冬の絶叫が聞こえた。


「うるせえ!」


 バキッ! バリバリバリ!!


 電磁警棒で強打したときに発生する放電音がする。

 美冬は警棒で叩かれ倒れてしまったようだ。


「これは綾瀬のセクサロイドじゃねえか。連れて行くぞ」

「こっちのガキはどうする?」

「腐れた火星人にゃ用はねえよ」


 パンパンパン!

 再び拳銃ブラスターの発砲音が響く。


 美冬が撃たれたのか……。


 なぜ私たちがこんな目に合うのだ。

 火星人だからなのか。地球人からは酷い差別を受けている火星人だからなのか。

 

 激しい憤りを感じつつも、私は意識を失ってしまった。

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