第53話 再び地上へ
「おや? 君たちも地上へ?」
睦月班長が、人懐こい笑顔で尋ねて来た。
「はい。そのつもりです。あなたからは旅館の部屋から出るなって言われてたんですけど、部屋を襲われちゃったんで」
「あ、君は沿岸警備隊に電話をくれた人だよね。それで、地上に避難するの?」
「はいそうです。事情は後程、詳しくお話します。今は時間がないので」
「なるほどね。僕も地上に用事があるから」
睦月班長は事務所の確認をしてから無線で連絡した。そして私たちと共にエレベーターに乗り込んで来た。乗っていたオートバイと共に。
地上へと向かうエレベーターの中で簡単に事情を説明した。私たちはマリネリスから来た事。秋人さんが誘拐され、その犯人を追っている事。そいつらが二手に分かれて逃げている事。
「なるほど。マリネリスを襲った犯人がハンター蒲鉾店のトレーラーで逃亡中。その、誘拐された秋人君を連れて別行動してる一派が地上へと向かったと」
「もちろん、状況から推測しているだけですけど」
「だろうね。確認するためには逃げてる連中を捕まえる必要がある」
「はい、そうです」
「ノエルちゃんだったね。一応、身分証を確認させて」
私は睦月班長に身分証を提示した。班長は携帯端末でスキャンした後、身分証を返してくれた。
「ありがと。じゃあ、あとで連絡するから」
「はい」
あっさり信用してもらったので拍子抜けしてしまった。あの、事務所で倒れていた人たち……多分死んでた……の事も問われなかった。やや不安感が残るのだが、ここは幸運だったと理解したい。
私たちは地上側の管理事務所を覗いてみた。やはりそこでも三名の職員が倒れていた。睦月班長はその様子を無線で報告した後、オートバイに跨って凍てつく大地を走り始めた。
「おお。彼、二輪の扱いが抜群に上手だね。あのタイヤ、自動でスパイクが出るみたいなんだけど、それでもこの凍った地面であんなスピード出すなんてね、正気じゃないよ」
確かに、睦月班長の走りはその辺の砂利道でも走っているかのような軽快なものだった。私は足元を何度か踏んでみるのだが、雪がガチガチに凍り付いていた。二輪だったらいつ転倒してもおかしくない。ジュリーさんがべた褒めしていたのも理解できた。
私たちの目の前で空間がゆらゆらと揺らいだ。その中から、あの深紅の全翼機〝トモエ〟が姿を現した。既にコクピットの風防は上がっていたので、私たちはそのまま乗り込んだ。静かに風防が閉じる。
「こんにちはノエル様」
「はい、ミスズさん。よろしく」
「よろしくお願いします」
「先ずは状況確認よ。エレベーターより上がって来た連中、どうしましたか?」
正面のディスプレイにマップと動画が表示された。映っているのは一台の大型SUVだった。これは多分旅客車両だ。白と青の派手なツートンカラーだし、天井には社名が表示された
着ぐるみタクシーの情報を検索してみる。すぐに見つかった。このタクシー会社は火星の各都市において手広く商売しているのだが、その特徴は〝乗務員が何かの着ぐるみを装着している〟事だ。主に動物の着ぐるみが多いのだが、中にはSF的なロボットや宇宙人の着ぐるみもあるし、非常に希少だが猫耳とメイクだけの美少女も存在しているとの情報もあった……。かなりふざけている印象なのだが、実はこのタクシー会社には隠された特徴がある。それは、金さえ積めば秘密裏に、何処にでも乗客を運んでくれる事だ。
犯罪者の逃亡にはうってつけって事か。
このタクシーは南に向かって走っている。行先はエヴロス地下都市の軍事技術研究所にちがいない。
「乗ってた人の映像はあるかな?」
「はい」
正面ディスプレイに、連中が大型SUVに乗り込む際の映像が再生された。手錠を掛けられている小柄な少年と無骨な男が二人。小柄な少年は秋人さんだ。それとリーダーらしき人物とケイトと呼ばれた若い男。もう一人いたアザミと呼ばれていた女は私たちの部屋へと侵入してきた奴だ。つまり、アザミが足止めしている間にこいつらは逃亡を図った。そして二体の、戦闘用の義体まで投入して私たちを潰しにかかったという訳だ。
「ノエルちゃん、どうする? すぐに追いかけるの?」
「少し待って。あの速度なら目的地まで数時間かかります。アケローン警察隊か治安維持隊が駆け付けてくるはずです」
「なるほど。しかし、来ない場合は?」
「追いかけて制圧するしかないです。でも、睦月班長は何しに地上へ上がってきたのかしら?」
「そうだね。あのタクシーを追わずにどこかに行っちゃった」
確かにあの行動は謎だ。彼の向かった先には通信・観測用の地上施設がある。これは地下都市建設当初から設置されていた施設であり、地下都市の機能とは連携していない。
その施設の格納庫から一機の
行先は多分、あのトレーラーが向かった先の爆発事故が起こった出入口だ。地下都市内にモビルフォースが配置されているとは思えなかったのだが、こんな場所に隠してあったんだ。まあ、常識的に考えればその通り。地下都市で
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