第28話 エニグマシステム
オルレアンで吹雪の中を飛ぶ。
私自身が生身のまま空を飛んでいるようで、ものすごく爽快だ。これはまるで、自分が特撮映画のヒーローになったような気分だった。
私は少しだけ機体を左右に旋回したりロールさせてみた。当然、雪上車を追跡しながらでおっかなびっくりだったのだけど、自分の思い通り機体が反応する。これは正直気持ちが良い。
しかし、遊んでばかりもいられない。
どこかであの雪上車を停止させ、秋人さんを取り戻さなくてはいけない。私はストライクに現状の報告をした。カーマイン船長からは、爆弾処理が済み次第後を追うと返事があった。
もちろん、教会の方も心配だ。
ノエル、クロエ、ゼイン、
「美冬さま。雑念が多くなりますと機体のコントロールに不都合が生じる場合があります。ご注意ください」
突然ジャンヌに注意された。
そうなのか。トリプルDは精神による直接操縦システム。それはつまり、操縦者の雑念が機体に余計な負担をかけてしまう。そういう事なのか。
「ごめんなさい。ジャンヌ。今は雪上車の追跡に集中します」
「ありがとうございます。美冬さま。出過ぎた真似かもしれませんがご理解ください」
これは不味かったと反省する。
ノエルたちの為にも、秋人さんの為にも、私が集中しなくてはいけない。
「ジャンヌ。あいつらが他の何かと接触するかもしれないので気を付けてください」
「了解しました」
オルレアンはその索敵範囲を広げ、周囲の不審物を探していく。視界の左側に表示されているマップ上の、明るい領域がすーっと広がっていった。今のところ不審な物は何もない。
雪上車は、このままの速度なら小さな町が点在しているエオス地区まで約一時間。そこからアケローン大地下都市まで約二時間。アケローン大地下都市からクリュセ宇宙港までは約三十分。
やはり焦ってしまう。
しかし、ジャンヌの忠告通りに集中しなければいけない。今、秋人さんを見失う訳にはいかないからだ。
雪上車はエオス地区へは向かわず、その南に位置するカプリ台地へと方向を変えた。あそこは常に強風にさらされている為、岩石が露出している茶色い大地だ。積雪はほとんどなく、人は殆ど住んでいない地域。何故、そんな所へ向かうのか。
「ジャンヌ。カプリ台地に何かありますか?」
「観測用の施設が点在している地域です。しかし、その中央部分は火星軍の演習場として登録されています」
「演習場?」
「そうですね。おや?」
「どうしたの? ジャンヌ」
「当該地域は現在、演習中となっております。進入禁止コードが発令されていますね」
「そんな中に突っ込んで大丈夫なの?」
「大丈夫かどうかはわかりかねます。公表されているデータでは、小規模な……悪天候下における人型機動兵器の索敵および射撃訓練……となっております。射撃中に遭遇すれば危険です」
「今はどうなの?」
「6機の人型機動兵器を確認。そのうち2機はエニグマシステム搭載型と思われます」
聞き覚えのある名だ。
私は情報の検索を始めた。
エニグマシステム……。
それは人型機動兵器のオペレーティングシステム。もちろん、最新のものだ。その詳細は一切公表されておらず、その構成や機能などは不明。それゆえ通称名で〝エニグマ〟と呼ばれている。
トリプルDを凍結させた後、人型機動兵器の性能は退化したと言われていたが、このエニグマはその性能を引き上げる画期的なシステムだと期待されているらしい。
現在は実証試験中であり実戦配備に関しては未定。しかし、近い将来、つまり、数年後には量産化されるのではないかと噂されている。
なるほど。
ここで演習しているという事は、火星、すなわち低重力下における実証実験中であると考えて間違いなさそうだ。
その新型機エニグマの演習と秋人さんを略取した二人組に接点があるのだろうか。
オルレアンが6機の人型機動兵器を補足した。
やや歪んだ画像が表示され、その脇に詳細なデータが順次表示される。
旧来のモビルフォースが4機。
内訳はD205M3が1機。
これは火星専用の重装備型。両手と両肩に火砲を抱えている。銀色に赤と黒のラインマーク入り。通称マーズパンサー。
D205M4が2機。これはパンサーの装備を減らした軽量型。最も多く火星に配備されている汎用機だ。銀色に青と黒ラインマーク。盾とアサルトライフルを構えている。通称マーズウルフ。
D207M1が1機。これは指揮官機。D205系がベースだが、機関が改良された高出力型。右肩にミサイルランチャーを装備している。真っ赤な機体。通称マーズタイガー。
そしてUNKNOWNと表示されている2機。白っぽい機体と黒っぽい機体だった。両方が盾と実剣を装備している。
これがエニグマだと思うのだが、何の情報もない。
「ジャンヌ。彼らの交信を拾えないかしら」
「了解しました」
距離は2000メートルほど。
現在、天候は大荒れ。猛吹雪だ。
この距離なら目視できないが、通信はどうなのだろうか。
雪上車が停止した。
その周囲に6機の人型機動兵器が集まってくる。
「想念傍受キーを確定しました」
「想念傍受?」
「はい。当機は至近距離での通信において、その想念を言語化することができます」
「それって、テレパシー?」
「そういう言い方もできます」
「すごいわ、ジャンヌ。交信内容は記録できるかな?」
「可能です」
「じゃあお願い」
「了解しました」
彼らの会話が聞こえてきた。
時折雑音が入るが、受信状態は概ねクリアだった。
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