第29話 加速装置

「ジャーニーだ。ブルズ大佐に雇われている」

「ブルズ大佐だと? 何用か」

「いやね。大佐からの依頼品を確保したのは良いが、不審なやつらに追跡されているんだ」

「不審?」

「ああ。正体不明。姿が見えん。そして、かなりの手練れだ」

「光学迷彩か」

「恐らく。だが新型で高性能だ。可視光だけでなく赤外線もカットしてやがる。従来のセンサーでは検知できない」

「それは厄介だな。PRAの新型かもしれん」


 PRAとは、現在地球を構成している三つの巨大国家単位の一つ。確か漢字で書くと環太平洋同盟だったはず。火星のテラフォーミング計画を中心的に推進した国家群だ。いうなれば私たち火星の民の親といった存在だろう。

 奴らは通信が傍受されているとは気付いていないのか、べらべらと話し合っていた。


「そう。PRAが何かしてるんだろうな」

「なるほど。もしそうなら対応せねばならん」

「そうだと思うぞ。アキド少佐」

「俺の名を知ってるのか?」

「細かいことは気にするなよ。エニグマ実験部隊の隊長さん」

「エニグマの事も知っているのか。食えない奴だ。その、訳の分からん敵を俺たちに排除させる気だな。このハイエナめ」

「何とでも言え。それと耳寄りな情報だ。俺たちが行ったマリネリスにはな。例のマーズチルドレンが何人かいたぞ。それと、アイオリスにも。いい素材なんだろ?」

「……」

「ダンマリかい? まあいい。先を急ぐからな。大佐によろしく」


 雪上車は6機の人型機動兵器をすり抜けて先へと進む。

 あの悪党、ジャーニーは演習中の部隊を使って私たちを足止めするつもりだった。もちろん、その手に乗るわけにはいかない。

 私は演習中の部隊から距離を取りつつ迂回路を取った。

 そのつもりだったのだが、運が悪かった。


 私の、オルレアンの直上に小型の索敵ドローンが浮遊していたのだ。


「少佐。飛行中のアンノウンを検知。恐らく人型機動兵器です」

「何処だ」

「10時の方向。高度1500。完璧な光学迷彩です。吹雪のおかげで発見できました」

「どういうことだ」

「センサーに反応は無かったのですが、雪が消えているエリアを偶然発見しました。これ、光学迷彩のインビジブルエリアだと思われます。付近に観測ドローンが配置されていたので気づきました」


 この通信を聞き、私は初めて気が付いた。

 オルレアンには、高度な光学迷彩が施されていた。あの、マリーさん達が使っているものと同じタイプの、地球や火星ではまだ実現できていない、完璧に姿を消す光学迷彩が。

 しかし、そんな高度な技術は降りしきる吹雪さえも消してしまった。それに偶然気づかれたのだ。


 その時だった。

 エニグマの白い方、細身の機体が猛スピードで突っ込んで来た。私は盾を構えたのだが、そいつは急上昇した。そしてマーズウルフ二機が左右に散開して包囲しようとしている。この機体は汎用機だが、軽量で機動性が高い。正面からは赤い重装甲のマーズタイガーが突進して来た。パッシブレーダーはけたたましい警報音を鳴らしている。


 頭を押さえられ、左右は塞がれた。逃げ道は後ろだけ。


 後退する?

 いや、それこそ悪手。


 雪上車からは離れてしまうし、マーズタイガーのミサイルと、マーズパンサーの高火力砲がそれを狙っている。


「アラームを切って。突っ込みます!」

「了解」


 距離を取った方が安全という訳じゃない。

 接近した方が、砲身の角度調節幅が大きいからだ。つまり、照準を合わせるのに時間がかかる。

 赤いマーズタイガーは高度を下げて私の下を通過して後方へと回り込んだ。そして正面、マーズパンサーが抱えているビーム砲の砲口が光る。


 マーズパンサーから放たれたそのビームは円錐状に拡散した。そして、オルレアンの周囲で放電しながら乱反射し、さらに拡散する。


「しまった!」


 私は思わず叫んでいた。

 これは、光学迷彩を剥がすための電磁波だ。索敵の為の特殊装備。効果範囲内に磁界を張って光子の軌道を歪める。姿が見えるようになるわけではないが、おぼろげなシルエットが浮かび上がって機体の位置は丸見えになる。


 同時に、左右のマーズウルフ、私の後方へと回り込んだマーズタイガーがアサルトライフルの射撃を開始した。


 47ミリの高速弾が迫ってくるのが見えた。


 砲弾が見えた?

 そんな馬鹿な事があるわけがないと、私の理性が否定する。

 しかし、潜在意識は納得しているようで、胸の奥から肯定する意思が伝わってきた。


『意識が四次元化しているのだから当然じゃないの。馬鹿なの?』


 私の潜在意識は、私の理性、すなわち顕在意識の方を小馬鹿にしているようだった。


『どういう意味?』


 私は私の潜在意識に質問してみた。


『やっぱり馬鹿。元々、人の意識って高次元存在なの。それをオルレアンに直結してる訳だから、オルレアン自身も部分的に四次元化してるのよ。それはね。少しだけど、時間を操れるって事』

『時間を操る。それは、体感時間を長くしたり短くしたり出来るって事?』

『ご名答』


 オルレアンに搭乗した時の妙な感覚。自分がオルレアンになっていて、そしてオルレアンの姿が見えている感覚。前だけでなく、背中も全て見えている感覚。まさに全周囲が見えているこの感覚が四次元の見え方なのだろうか。それは自分の目で見ていない、意識が感じ取っている映像だからそうなるのか。


『やっと気づいたようね。さあ回避しないと。ゆっくり飛んできているように見えるけど、実際の速度が遅くなってる訳じゃないから』

『わかったわ』


 私はひらりと身を捻りながら全ての砲弾をかわした。全周囲が見えているので、そう困難ではなかった。それにオルレアン自身も一部四次元化しているらしく、周囲と比較して移動速度はズバ抜けて速い。


『これは加速装置?』

『そういう言い方もできるわね』


 本当に、私自身が特撮のヒーローになったような爽快感だった。

 しかし、目前にはあの黒い方のエニグマが迫っていた。

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