第91話 ESP能力者シロウ

 僕とダニーが食事をしているところへ、何とアザミが割り込んできた。彼女は奥の方のカウンター席で、ボッチで飲んでいたらしい。右手に水割りのグラスを持っていた。


「ご機嫌ね。今日も勝てたの?」

「まあな。シロウの読みは完璧さ」

「実験材料を私物化してるわね」

「いや、そんな事は無いぞ。俺がシロウの話し相手になってやってるんだ。あいつが精神性を保てているのは俺のお陰さ」


 何か意味深だ。

 シロウとは……恐らくマーズチルドレンの一人でESP能力者だ。彼の能力がもたらした情報、恐らく未来予知的な何か、ただし、単純な予知とは別物の何か。それを僕に伝えてスロットマシンを的中させた。カジノで稼いだ以上、私物化と非難されるのは当然か。


 しかし、ダニーとアザミは知己であるようだし、意気投合しているのは間違いない。


「お姉さん。生のお替わり!」

「私も水割りのお替り。ツーフィンガーで」


 まだまだ飲む気らしい。いい気なものだ。


「君は飲まないの? ジュースで我慢できるの?」

「問題ありません。僕はアルコールが苦手なんです」


 アザミが絡んできた。酔うとウザ絡みしてくるらしい。

 

「ねえ。さっきはどうだった? 良かった?」

「何の話?」

「君はさっき、〝危ない果実〟に行ったじゃないの。そこで男の子を抱いた。違うの?」

「違わない」


 僕とアザミの会話を聞いたダニーがヒューっと口笛を吹いた。


「へえ。秋人君はそんな趣味だったとは。なるほどなるほど」

「人の趣向はそれぞれだけどね。私としてはちょっと残念だったよ」

「狙ってたのか?」

「さあどうかしら。ま、誘惑して楽んじゃおうって思ってたんだけどね。肩すかしってやつ?」

「なあアザミ。久々に俺とどう? アッチはまだまだ元気出ぜ」

「節操がないわね。じゃ、私の部屋に来る?」

「いいのか?」

「いいわよ。まだ引っ越したばかりで何もない部屋だけどね」

「ベッドがありゃ十分さ。おう、秋人君。今日はここまで。清算しとくから追加分は自分で払ってくれ。じゃあな」


 ダニーはアザミの肩を抱き、さっさと行ってしまった。同室の僕の事はほっといて、勝手に部屋でヤルってのか。あの人たちに、いわゆる気遣いなんて期待する方が馬鹿なんだろう。


 僕は目の前のピザと飲み物を片付けてレストランを後にした。あの、みゆきが手を振って見送ってくれたのが何だか嬉しかった。


 しかしこれからどうする? カジノで一通り遊んだ後に食事をし、その後は部屋に帰ってゆっくりする予定だったのだが、ダニーに出会ったおかげで予定が大幅に狂ってしまった。アザミとダニーがイチャイチャするだろうから、しばらく部屋に帰るつもりはない。


 まだ夕方の5時くらいだ。何をしようかと思ったところで映画館の案内が目に入った。僕はファンタジアと名付けられたその映画館へ入ってみた。


 大上映室の上映予定はSF作品の二本立てらしい。ちょうど始まるところだったので、そこにお邪魔する事にした。映画二本で四時間ならちょうどいい。終わったころにはアザミとダニーのアレも済んでいるだろう。


 入場料が8ユーロ。これで大上映室と個室は見放題になるらしい。個室なら映像ソフトも自由に選べるのだが、僕は二本立てのSF作品に興味を引かれ、大上映室へと入った。

 大上映室とはいうものの、30名程度が収容できるこじんまりしたものだが、ARグラスを装着する事で、自分がまるで映画の中にいるかのような臨場感を味わえる。これがAR(Augmented Reality 拡張現実)技術の標準的なものになるらしい。視神経に直接干渉する方式もあるのだが、この施設ではそのクラスのサービスは実施していないとの事。僕はそのARグラスを受け取り大上映室へと向かった。


 上映室内には誰もいなかった。僕は一番後ろの席に陣取り、上映作品のチラシを眺めてみた。今時珍しい紙のチラシを指でこすりながら、作品の内容を確認してみる。


 一本目は「春にさよなら」(注1)という恋愛ドラマ風のタイトルだ。しかしその内容は異星人とのコンタクトに失敗し交戦状態となった未来社会を描いている。異星人との戦争がテーマとなっており、火星上でのバトルシーンは圧巻らしい。しかし、アクション中心という訳でもなく、実際は戦闘用アンドロイドの主人公ナツキと人型コンピュータであるハルカの恋愛物語なんだとか。


 二本目は「精霊の歌姫と自動人形」(注2)だ。こちらは記憶を失った少女が自分を取り戻す物語だ。自然と共生する古代パルティア王国の危機を救うため、三人の王女が宇宙からの侵略者と戦う。ファンタジー要素が多めかと思えば、クライマックスシーンは人型機動兵器と宇宙戦艦の死闘らしい。


 どちらも興味がある。特に「春にさよなら」の方は、人であって人でない存在の恋を描いている。これは自分たち、マーズチルドレンに当てはまる事かもしれない。そんな理由で、この物語には強く共感しそうな気がしていた。


 室内の照明が落とされ、上映が始まった。最初はお決まりの、次回上映作品のCMだった。そのCMの最中に一人の少年が僕の隣に座った。横目でちらりと見ただけだが、まだ華奢な体つきで頭髪は真っ白だった。


「あの、藤堂秋人さんですね。僕はシロウ。ジュール・士郎シロウ・リヴィエールと申します」


 これには驚いた。あの、スロットマシンの大当たりに寄与しているというシロウにこんなに早く会えるとは思ってもみなかったからだ。



(注1)「春にさよなら」

https://kakuyomu.jp/works/16817330655343780838

 こちらはゆあん様の自主企画「筆致は物語を越えるか」参加作品です。書いているうちに色々設定が膨らんできたので、そのうち長編作品に化けるかもしれません。


(注2)「精霊の歌姫と自動人形」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054888424925

 こちらも実は暗黒作品です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る