第三章 アケローン地下都市

第39話 ノエル・ギルガルド

 得体の知れない二人組が私とみつるに爆弾を仕掛けた。それはワイヤートラップ。不用意にワイヤーを引くと信管が作動して爆発する簡素な仕掛けだった。


 私は金属製のバケツのような物を抱かされた。それはSマインという対人地雷だったらしい。充の方は小型の手りゅう弾を三個ほど仕掛けられた。充は泣きだしそうになるのを必死にこらえていた。私だって同じだ。


 あの二人組はトランクに仕掛けられた時限爆弾も作動させた。

 私たちに何の恨みがあるというのか。火星の、片田舎の小さな教会に住んでいる身寄りのない子供なのだ。


 二人は銃を乱射しながら去って行った。

 その時、唐突に、空中から二人の大人が現れた。魔法かと思った。それに、彼らの容姿が現実離れしている事にも驚いた。だって、ニワトリ頭と銀狐の獣人だったからだ。彼らではこのトラップが解除できないようで、もう一人の大人が姿を現したのだけど、その姿にもびっくりした。腕が四本あって、その顔がまるでトノサマバッタみたいだったから。


 鳥頭はジュリー。銀狐はマリー。そしてトノサマバッタはゲルグって名前だった。このゲルグさんがテキパキと爆弾を処理してくれた。腕が四本あるせいか、とにかく手際が良かった。Sマインと手りゅう弾は併せて二分くらいで信管を抜いて無力化したし、トランクの時限爆弾も三分くらいで停止させた。まさに神業だと思った。トノサマバッタの人がこんなに優秀なんて、本当にビックリした。


 その時唐突に、私の心の中で女性の声が響いた。


『貴方だってできるのに』


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。


『呆けてる場合じゃないのよ。貴方がしっかりしないと』


 確かにそうだ。今は教主様も美冬姉さまもいないのだから、私がしっかりしなくちゃいけない。


『そういう事じゃないの。ああ、面倒ね。あなた、ちょっとこっちに来なさい!』 


 目の前が真っ白になった。真っ白と言うか、眩しい光で何も見えなくなった感じだ。

 当然、目を瞑っていたのだけれど、それでも眩しい。これはどうしたらいいのか、途方に暮れてしまう。


 しばらくすると目が見えるようになった。

 白くて明るい部屋。どこかの大広間のような広い部屋。結婚式が挙げられそうな広い部屋だった。私はそこにある椅子に座っていた。

 目の前には白くて丸いテーブルがあり、向いには色黒の女性が座っていた。色黒だけど東洋系。日本人だ。


「私は宮内薫みやうちかおるです。貴方の守護天使を務めています」


 丸い黒縁眼鏡の奥で笑っている優しい瞳。科学者なのか、白衣をまとっている。そしてどちらかというと小柄で、胸元は寂しいようだ。


「あら失礼ね。ノエル・ギルガルドさん。あなたも私と同じようなものだけど」


 まさか、心を読まれてるの?

 む、胸のサイズなんて気にしたくなかったのだけど。全く膨らまない事に少し苛立ちを覚えていたことは事実だ。


「ニブチンさんね。私はあなたの守護天使。あなたの考えていることなんて全てお見通しよ」


 ああそうだった。私も教主様から守護天使の存在について教えていただいていた。常に自分を見守ってくれている存在。様々なインスピレーションを与えてくれる存在。多くの閃きは、そのほどんどが守護天使がもたらしていると。でも、天使っていう位だから、背中に羽が生えていると思い込んでいた。目の前にいる彼女はいたって普通の白衣だった。


「ごめんなさい。いつも私の事を見守っていただいてありがとうございます。突然の事だったので固まってしまいました」

「いいのよいいのよ。あなたのそういうところはね。むしろ大好きだから」

「本当に?」

「もちろんよ。私はあなたの事が大好きだから守護天使を引き受けた。当り前じゃないの」


 この言葉にホッとした。そして胸が温かくなる。

 

 堅物。生真面目。そして口うるさい。だから煙たがられているに違いない。そう思っていた。私の事が好きな人なんていないと思っていた。


「そんな事はないわよ。ただ、あなたは厳しすぎるところがあるからね。少し距離を置きたいって事。でも本当は甘えたいんだよ」

「そうかな」

「そう……っと、こんな話をしてる場合じゃなかった。時間がないから急ぐわよ」

「急ぐって?」

「私に任せて」


 薫は右手を私の額にかざした。

 再び目の前が真っ白になる。眩しい光に押し流される感じだった。


 そして思い出した。

 

 私はマーズチルドレン。もう何百年もこの姿でいる。教主様や美冬姉さまと一緒に、火星のテラフォーミング計画に参加していた。

 

 そして、私が得意な事も思い出した。


 それは、新しい装置を発明したり、既存の機械を改良したりする事。そして機械の構造や機能を瞬時に把握する事。だから、爆発物の処理に関してはむしろ特技だったのだ。


「思い出した。私はマーズチルドレン。ファースト世代の……」


 視界は元に戻る。

 薫さんは目の前で笑っていた。


「ごめんなさいね。強引にやっちゃった」

「大丈夫です。多分」

「時間がないからね。あなたも見たでしょうけど、あいつらは秋人君をさらって逃げてるの」

「はい」

「それで、美冬ちゃんは急遽、人型機動兵器オルレアンに乗って追跡した。ところが、予定外の妨害が入ったの」

「予定外の妨害?」

「まあ、仲間がいたって事かな。人型機動兵器のね。それでマリーさんが援護に行くことになる」

「はい。今から行くんですね」

「そう。でも、このままだと二人組を逃がしてしまう」

「はい。だから私に行けと」

「そう」


 話は分かった。

 教会に爆弾を仕掛けるような連中に秋人さんがさらわれた。だから助けに行く。でも、私が行っても大丈夫なのだろうか。


「大丈夫。自信を持ちなさい」

「はい」


 私は力強く頷いた。

 そして、意識は元の場所に戻っていた。あの鳥頭に抱きかかえられていた。

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