第40話 ジュリアス・ボーダー
「気が付いたようだね。もう大丈夫。爆弾処理は終わったよ」
「そうじゃない!」
私は叫んでいた。
鳥頭のジュリーさんも、トノサマバッタのゲルグさんも驚いているのがよくわかった。顔のつくりが違うので私たちと同じではないのだけれども、ビックリしているのは間違いない。見た目は違っていても、感情は同じ人間って事だ。
「すぐに美冬姉さまの後を追います。今、姉さまは足止めされています。このままではあの二人組に逃げられます」
「あの……お嬢さん?」
「ノエルです」
「ノエルちゃんはどうしてその事を知ってるの? それで今、マリーが救援に向かおうとしているところなんだけど」
「守護天使に話を聞きました。だから急いで」
鳥頭のジュリーさんと昆虫人間のゲルグさんが顔を見合わせている。守護天使で話が通じたようだ。
「それは一大事だね。すぐに後を追おう。ジュリー、トモエで行きなさい」
「副長。いいんですか?」
「緊急事態だ。急げ」
「了解」
ジュリーさんは立ち上がって駆けていく。私も彼に続いた。街の外れに浮いている大型機がいた。直線的なラインで大きな翼を持っている。航空機かと思ったのだけど違う。これは彼らの宇宙船なんだ。
下面に開いているハッチから中へと乗り込んだ。中は広くて、大きい何かの格納庫のようだった。
そには青黒い魚のような顔の人がいた。もう驚いたりしない。この人もジュリーさんたちと同じ獣人で仲間に違いない。
「鳥頭。その子は」
「あー。彼女はノエルちゃんです。美冬ちゃんのお友達かな……ついてきちゃったんだ」
「もちろんです。私も行きます」
「あの……今から乗るの、戦闘機みたいなやつだから……」
だから何?
私はジュリーさんを睨む。
「ああ。彼女もマーズチルドレンなんだろう。そうだよね」
「はいそうです。先ほど思い出しました。この世に生を受け数百年経過しています」
「なるほど、人生の先輩ですね。私はこのストライク号の船長、グリジア・カーマインです」
「ノエル・ギルガルドです」
私はカーマイン船長の青黒い右手を握った。手の甲は鱗に覆われていたのだけど、掌は柔らかくてすべすべした感触だった。
「それで船長」
「何だ?」
「この子、乗せるんですか?」
「お乗せしろ」
「……はい。わかりました」
ジュリーさんはカーマイン船長の指示に嫌々返事をしていた。そんなに私を乗せるのが嫌なのだろうか。今から乗る乗り物。それが何かは分からないのだが、名前はトモエだ。トノサマバッタのゲルグさんの言葉を思い出す。
「ノエルちゃん。こっちだよ」
ジュリーさんに案内され、壁に備え付けてある梯子を上る。格納庫の天井の上に、更に格納庫があった。そこはやや狭い空間だったのだけど、炎のような赤い色に塗られたブーメラン型の航空機があった。無尾翼の戦闘機……いや違う。これは多目的機。恐らく異星のものだ。
「はい。ヘルメット。呼吸器はいらないんだよね」
「はい。不要です」
私はジュリーさんに渡されたヘルメットを被る。そして彼に手を引かれて梯子をのぼって翼の上に立つ。
機体の上面に、前後に並んでいる操縦席があった。私はその後ろ側に座る。ジュリーさんがシートベルトを締めてくれた。
風防が閉まって正面のモニタ―が点灯する。同時にヘルメット内のディスプレイも起動した。ヘルメットのシールドに各種の情報が表示される。
「反応炉機動します」
「OK」
「マリーは?」
「既にエリュシオンで出ている。テレポートですっ飛んでいったよ」
「なるほど」
これは船長とジュリーさんの会話だ。このストライク号って何気に凄いんじゃないの? よくわからないのだけど、この多目的機トモエに美冬姉さまの乗った
「ミスズと申します。本日はよろしくお願いします」
突然、ヘルメットのディスプレイに和装の女性が現れて挨拶をしてきた。少し驚いたのだけど、彼女はこの機体のAIなんだ。
「ノエル・ギルガルドです。よろしくお願いします」
ミスズはにっこりと微笑んでくれた。
「反応炉出力上昇。発進準備よろし」
ミスズの報告にジュリーさんが頷いている。
「ノエルさん。出ますよ。舌を噛まないよう歯を食いしばって」
「分かりました。ジュリーさん」
ストライク号の背が開き、赤い機体がふわりと浮き上がる。
そして渦巻く吹雪の中へ猛然と加速する。
「愛しいトモエちゃん。今日も絶好調~。ひゃっほう♡」
舌を噛むどころじゃない。
いきなり宙返りをした。吹雪で視界がゼロだったことは幸いかもしれない。晴れていれば天と地がひっくり返っていたはずだ。
「いやあああああ!」
私は思わず悲鳴を上げていた。
「あはは。ダイジョウブ大丈夫」
何が大丈夫なんだろうか。前席のジュリーさんは笑いながら機体をロールさせ、そのまま何回も回転させた。これが錐揉み飛行……。
「この馬鹿者。曲技飛行はするな。素人のお嬢さんを乗せているんだぞ」
カーマイン船長から指示が飛ぶ。
「すみません船長。大気圏内の飛行が久々だったもので……翼が大気を掴む感触につい興奮してしまいました」
「謝るならノエルさんに謝れ。馬鹿者」
「そうですね。ノエルちゃん、ごめんなさい」
「は……い……」
やっと、これだけ返事ができた。
機体は水平飛行しているみたいだけど、私の目はグルグルと回っている。
彼は生粋のパイロットだと思う。飛ぶことが嬉しくて仕方がないのだろうか、嬉々として操縦している様子がよくわかる。しかし、それは私にとっては大迷惑だった。
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