第49話 惑わされるな

 睦月班長はアサルトライフルを構え、倉庫の中へずけずけと入っていく。倉庫内のカメラは撤去されているのか何も見えない。しかし、音声だけはかろうじて拾えた。


「出てこい。あの装甲車は囮だろ?」


 囮? 確かに、あんな目立つ装甲車なら囮には最適だ。それならばあの装甲車に乗っていたのは誰なんだろうか。偽保安官のジャーニーとヒョウガなのか、それとも釣り人の三人組なのか。秋人さんは何処にいる?


 パパパパッ!


 アサルトライフルの射撃音が響く。

 撃っているのは睦月班長だ。


「あ? マジかよ。そりゃ反則だろ?」


 睦月班長がアサルトライフルを射撃しながら表に出て来た。そして、大型の手りゅう弾を放り投げてからその場に伏せた。


 閃光が弾け爆発音が響く。

 そして幾多の破片が散らばった。

 

 手りゅう弾を使った?

 相手は何だ?


 起き上がった睦月班長は、さらにアサルトライフルを撃ちながら走り、そして後ずさる。その彼を追って出てきたのは、黄色く塗装された大型のフォークリフトだった。操縦席は無人で、遠隔操作しているかAIコントロールしているようだった。


 そのフォークリフトは睦月班長を追いかけて爆走していく。そして、路地に入った班長を更に追いかけて行った。


「あちゃー。フォークリフトって、前側は頑丈だからね。尻の動力系を撃たないと止まんないよ。無人なら尚更」

「ですね」


 だからと言って治安維持隊が作業用機械に負けるなんてあって欲しくはない。路地の途中で睦月班長がフォークリフトを破壊した。うまく後ろ側に回り込んだに違いない。その時、小型のトラックが倉庫から飛び出して来た。〝ハンター蒲鉾店〟のロゴが入っている。乗っていたのは宇宙服を着た二人だった。あれは地球製の宇宙服、きっとジャーニーとヒョウガだ。悪辣な二人組。まさか、秋人さんは荷台の保冷庫にいるの?


 待て。落ち着けノエル。私は自分自身に言い聞かせる。


 もう取引は済んでいるはずだ。あの、偽保安官二人組は逃走しようとしている。釣り人に化けた三人組から受け取った報酬を抱えて。秋人さんはあの釣り人に化けた三人組と一緒のはずだ。


 なら、秋人さんは? 三人組と一緒に装甲車に乗っていたの? 


 いや、戦車が出払っているとはいえ、装甲車で逃げるなんて自殺行為だ。装甲車は歩兵用の対装甲車両専用装備で撃破可能なのだから。


 睦月班長は通信で十数秒やり取りした後、オフロードタイプのオートバイにまたがって、逃走した小型トラックを追った。


 秋人さんは何処?

 きっと他の逃走手段を使ったに違いない。


 私はAIのコロナにも手伝ってもらい、彼らの行方を探した。しかし、監視カメラ映像からは手がかりを見つけることはできなかった。


「コロナ、映像の入力が無いカメラを特定して。それをマップ上に表示」

「了解」


 あいつらは本当に手際がいい。逃走経路の監視カメラを停止させていたんだ。AIのコロナが、その停止している監視カメラをマップ上に表示していく。

 思った通り、逃走経路と思しきルートの監視カメラが全て潰されている。そのルートを走行している車両はいないか、位置情報を探ってみた。


 いた。これもハンター蒲鉾店所有の大型トレーラーだった。車両情報は直ぐに把握できた。製品出荷の為、クリュセ宇宙港へと向かっている。積み荷は魚肉加工製品で、行先は連邦首都オリンポスとなっていた。


 ハンター蒲鉾店とは、元軍人のM・F・ハンターが経営している魚肉加工業者だ。まさか彼が逃走を手引きしたのだろうか。


 そんな思索を巡らせているうちに、あの装甲車は市庁舎へと向かっていた。それを追う沿岸警備隊のバギー。助手席の隊員が手持ち式のロケット弾を構え、装甲車へ向けて発車した。

 市街地であんなものを撃つなんてどうかしてる。でも、この装甲車は機関砲を乱射しながら、付近の建物を撃ちまくっていたのだから仕方がない。そのロケット弾は装甲車の後部に命中した。装甲車は発火しながらも走り続け、そして街路樹に衝突してから停車した。


「いやあ。成形炸薬もタンデム式なら十分貫通力があるね」

「あー、班長。仕留めちゃいましたが良かったんで? 誰か乗ってたら逝ってますよ」

「大丈夫だ。あの装甲車は囮だ」

「了解。班長の方はどうですか? 支援、いりますか?」

「不要だ。こっちも多分……」

「囮?」

「まさか?」


 隊員が話し合っている音声を何とか拾うことができた。あの装甲車が囮で、睦月班長が追っているトラックも囮なら、本命はあの宇宙港へと向かっている大型トレーラーになる。しかし、連中が揃ってトレーラーに乗っているのだろうか。普通に考えれば、偽保安官の二人組と釣り人三人組は別行動を取るはずだ。獲物と報酬を交換した後も尚、行動を共にしているとは考え難い。別行動を取ると考える方が自然だ。


 あのトレーラーが本命である可能性は高い。しかし、もう一つ別行動しているグループがある。それは別のルートで逃走しているはずだ。ではその別ルートとは何なのか。その別ルートが複数あるなら、あのトレーラーは単なる配送となる。

 しかし、本命である可能性がある限り、そのまま行かせるわけにはいかない。私はその大型トレーラーが、例の殺人事件現場から逃走しているという情報を市長宛てに送った。配送だった場合は迷惑をかけることになるがそれは仕方がない。怪しいのは間違いないからだ。


 殺人が行われた倉庫と、装甲車が隠れていた空き倉庫の両方に警察が集まって来た。パトカーのサイレン音が、旅館周囲にも鳴り響いている。


 睦月班長が追っていた小型トラックは強制停止させられ、警察の捜査が入っていた。音声を拾ってわかったんだけど、炎上した装甲車はもぬけの殻で小型トラックにも誰も乗っていなかった。座席に座っていたのは中身のない宇宙服だった。

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